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竜鱗書記

  • ク-34 (小説|SF)→配置図(eventmesh)
  • りゅうりんしょき
  • 藤あさや
  • 書籍|文庫判(A6)
  • 68ページ
  • 400円
  • 2019/11/24(日)発行
  •  夜空に双頭の竜を頂く世界は図書館が支配していた。少年が総身の鱗に宿すは聖典・九書のひとつ『福鱗書』。戦に負けた彼の母国に「すべての本」の帰属を主張する帝国がやってくる。稀覯本と認定された彼を待ち受ける運命は!?
     素朴めのハードSF設定とグリオールさえ及ばない巨竜を天に頂く本の世界の物語。トールサイズ文庫でお届けします。

     以下冒頭部分のサンプルです。

    「お、じ、い、ち、ゃ、ん、の、育、て、た、花、が、咲、い、た」
     僕は裏向きの鱗の並びに間違いがないことを確かめ、インクローラーを一往復させてから画用紙を載せた。ハンドルを回して転写台を通すと文字を刷り込んだ絵日記ができあがりだ。星明かりを受けて輝く花のスケッチを鱗文字が囲む。
    「きれいに刷れた」
     活字の役を果たした鱗を一枚ずつ外して拭い“書”の元の位置に填め込んだ。食刻《エッチング》を施した鱗はもちろん僕のもので“書”は宝物だ。
    「やっぱり図書館の転写台はいいな」
     家で鱗を並べてバレンで擦ったり、鱗をハンコみたいに使って文字を捺しても良かったのだけど僕はおじいちゃんが長を務める塔の図書館にしかない印刷機が好きだった。
     インクが乾くのを待つ間、ふと唸りが気になって外を見る。星明かりの下で凍り付く湖も、閑散とした町並みもいつもの通りだ。でも外輪山のトンネルで動くものがあった。
    「じいちゃん、あれ!」
     トンネルから人波が吐き出されていた。年始のお祭りでも見たことがないくらい大勢が押し寄せてくる。一部は橋を渡りこの図書館へ近づき、多くは町へと散っていった。同じ色の服に身を包んだ彼らは武器を手にしているように見えた。
    「……帝国か」
     近くにいたおじいちゃんがぼそりと言う。
    「帝国? じいちゃん、あれ、帝国兵?」
    「そうだ。奥に入っていなさい」
     ほら、と僕は事務室へと背中を押される。
     しばらくして軍服姿の男たちが騒々しい足音とともに閲覧室に駆け込んできた。「館長はどこだ」という乱暴な声に続いて居合わせた利用者に槍や刀が向けられる。
     僕が生まれるよりずいぶん前に、僕たちの国は帝国に負けた、らしい。常夜の本国から、負けた、という報せが来ただけでここ辰央《しんおう》の毎日は変わらなかったみたいだけど。
     武器を持った男たちは鱗を鳴らしながら乱暴にみんなを書架の前に並ばせた。兵士たちに指示を出しているのはほっそりとして眼鏡をかけた若い男だった。きっと指揮官とか士官とかいうやつだろう。制服も兵たちとは違っていた。
     事務室からはカウンターの内側に入り込んだ眼鏡がおじいちゃんの机の上を尻尾で薙ぎ払ったのが見えた。
     ――なんてことするんだ!
     僕は事務の人の手を振り切って閲覧室に忍び込む。兵の一人がおじいちゃんを吊し上げているのが見え、思わず立ち上がって声を上げてしまった。
    「手を放せ! じいちゃんをいじめるな!」
     駆け寄ろうとして、途中で眼鏡の男に捕まった。力一杯もがいたけれど片足を掴まれ逆さ吊りにされた。
    「勇敢なことだ。おや。手足に――背にも尾にもくまなく文字を持った子供ですか」
     顔にも腕にも鱗文字の見当たらない眼鏡が裾のめくれた僕の背中を眺めながら言う。
    「放せ! この文字なし蛮人!」
    「ほほう。さすが星辰の央。帝国司書を蛮人呼ばわりとは」
    「司書ならじいちゃんに敬意を払え! 図書館長だぞ」
     逆さまになったまま“書”をかざす。
    「『本は剣に勝る』ですな。総身に文字を宿す幼子が“書”を綴り本を掲げる。鄙びた田舎ではあっても常夜の文化の重みがありますな」
     眼鏡は僕を見下ろし、笑う。
     僕は“書”を掲げ呟き始めた。
       初めに文字があった。
       文字は星と共にあった。
       文字は星であった。
     言葉に合わせ逆立つ鱗が軋みを連ねた。
    「やめなさい!」
     おじいちゃんが止めたけれど詠唱も鱗が逆立つのも止まらない。
    「ほう? はっ、傑作だ。この小僧は『福鱗書』を身に宿しているというのか!」
     僕の鱗には確かに『福鱗書』が列をなしている。詠唱とともに文字の描かれた鱗を順に起き上がらせる鱗話を紡いでもいた。鱗の鳴る音が閲覧室に響いたけれど眼鏡は目を眇めただけだった。
    「悪がひれ伏すとでも思ったかね」
     『福鱗書』を含めた九書の聖典――竜鱗書には悪を遠ざける力があるのだとされていた。物語でだって本は剣に勝つと決まっていた。
    「残念だったな、小僧」
     鼻で笑った眼鏡は僕を放して床に転がすとお腹を蹴ってきた。僕は胃液を振りまきながら転がり、のたうち、逆立てた鱗も一瞬で力を失ってしまった。
    「どうだろう、腸《はらわた》にまで文字を持っていたりしないか気にならないかね」
     眼鏡がもう一度僕を蹴飛ばしたところでおじいちゃんが僕を庇って割って入る。
    「やめてくれ。死んでしまう」
    「ふむ。あらゆる文字は帝国のものである。総身の鱗に文字を宿すそこの小僧も無論帝国の財産だ。大切にせねばならんな。館長、あなたは正しい。だが――」
     眼鏡が銃を抜いて躊躇なくおじいちゃんの足を撃つ。銃声が大きく響き耳がわんわん鳴った。
    「――あなたの膝から下には文字がないようだな。傷つけても帝国は意に介すまいよ。この子供も、鱗を傷つけるのは頂けないが皮ごと剥いで本に仕立てても帝国の財は保たれよう」
     うめき声を上げていたおじいちゃんが声を絞り出す。
    「やめろ! 孫には手を出さんでくれ」
    「この辰央図書館は帝国の管理下にある。もちろんおまえたちが身に帯びる書もな。すべての図書館は帝国図書館に連なるしすべての本は帝国図書館に納めなければならない。わかるな?」
    「……わかった」
    「貴様の孫は稀覯本と認めよう。我が一〇七図書収猟隊が責任を持って管理する。案ずることはない。小僧は帝国の宝となった。この図書館にあるどの本よりも丁寧に扱われるだろう。――ふむ。ここは星辰の央だったな。総身に文字を持つ者も珍しくないとの噂は真実だったか。試みに訊ねるが、他にもこの小僧のように書を纏う者はいないか」
    「……いない」
    「そういうことにしておこうか」
     眼鏡は嘲笑い、兵隊に僕を縛り上げさせた。

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