これは、私が訪れた「寒い街」への偏愛を語るZINEです。
国内旅行が好きな方、一人旅が好きな方に届けばうれしいです。
<序文>
私は旅が好きで、特に国内旅行によく行く。30歳のときに47都道府県を制覇し、その中で何度も足を運んだ土地もある。
訪れた街をふと振り返ると、一人旅や自分から人を誘って「自ら旅先に選んだ土地」は、ほとんどが「寒い街」だった。
函館、弘前、青森、盛岡、松本、軽井沢、新潟、村上、金沢、富山、冬の京都など。
避暑として夏に訪れることは少なくて、むしろ秋や冬、春を選んで足を運ぶ。
秋や冬の寒い街は、ひんやりとした空気が心地よい。東京にいる私はエネルギッシュで、常に走り続けている感覚がある。友達と路上の占い師さんに占ってもらったときに、「あなたは生涯のほとんどの期間を120km/hで走り続ける」と言われたのをよく覚えている。寒い街の頬を刺すような冷たい空気は、私の暴走しがちなエンジンをほどよく冷却してくれる気がする。
特に、年末にひとりで函館や軽井沢を訪れて、一年をじっくり振り返ったり、来年の予定を立てたり、本を読んだりするのがとても好きだった。誰も外を歩いていない静かな街を歩いた先にある喫茶店やカフェで、石油ストーブのにおいを感じながら、温かいコーヒーを片手に手帳や本をめくる時間は、これ以上ない自分へのご褒美だ。
冷たい空気の中をあるいた先で、あたたかいものを食べるのも好き。京都の鍋焼きうどん、軽井沢のフレンチトースト、弘前の虹のマートで食べる納豆はんぺんと筋子のおにぎりと豚汁、函館の味噌ラーメン。どれもしみじみとやさしい美味しさ。
寒い街は、春もいい。長い長い冬を終えて、街の人々も花もすべてがあたたかい春の光を満喫しているのを見ると、このうえなく幸せな気持ちになる。盛岡では、川沿いに一斉に咲くピンク色の花と山頂に雪が残る青い山を見た。まるで額縁に飾られた絵のように美しい情景だった。東北に住む私の弟からは、東北の人がいかに春を堪能しているかを聞く。山菜採り、たけのこ掘りなど、春になると野山の幸を存分に楽しむのだそう。
旅人という気楽な身だからこそ、良い面ばかり見えているのかもしれない。雪深い地域の冬の生活は、本当に大変なことと思う。北陸で生まれ育った私の祖母は、年末に私の地元の群馬に来た時、からっと乾燥した青空を見て「冬にこんなにお日様の光があって、外に布団や洗濯物を干せるなんて、なんて幸せなんだろう」と泣いていた。
旅人という気楽なまなざしで寒い街の魅力を語ることを、許してほしい。どうしても話したい、伝えたい街がある。