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契りなき星 通常版 第5巻

  • D-43 (小説|ファンタジー・幻想文学)
  • ちぎなきほし つうじょうばん だい5かん
  • 弛怠
  • 書籍|文庫判(A6)
  • 304ページ
  • 1,000円
  • 2026/6/7(日)発行
  • 『契りなき星』通常版第5巻は、第二十二章「命令の先行」から第二十八章「影の二重」までを収録する、制度と身体、紙と現場、祈りと生活の境界を描く一冊である。

    議会から下された「西の砦奪還」の命令。紙の上では短く整えられたその二語は、現場へ落ちた瞬間、名の薄い者たちを矢の前へ押し出す構造へ変わっていく。ジュダルは、命令が責任を薄め、弱い者を盾として使う仕組みを見抜く。だが、彼が黙って止めようとする間にも、副長は先に手を動かし、下男たちを荷物持ち、馬引きという名で戦場の外側へ並べようとしていた。

    その夜、モネスは言葉ではなく手順で場を動かす。腹を空かせた者たちへ脂の匂いを渡し、オーレンに十人を集めさせる。火の前で副長と女の通謀が晒され、剣を抜いた騎士たちは、かつて「盾」として扱われかけた下男たちの手によって押さえ込まれる。身分、鎧、命令、建前。それらが火の前で一度剥がれ落ち、空き部屋と名簿という形で、名の薄かった者たちに新しい位置が与えられていく。

    続く「銅貨の循環」では、給金という小さな金属の流れが、隊の秩序を変えていく。オーレンが持てば一晩で飲み代に消える銅貨を、モネスは「減らない幅」で小出しにする。訓練場では、銅貨一枚が勝負の条件となり、掃除道具一本を持ったオーレンが騎士たちを倒す。勝った銅貨は個人の厚みではなく、皆で飲むための輪へ戻される。紙の階級とは別に、「前で勝たせる兄貴」と「後ろで回す兄貴」という、生存のための呼称が生まれる。

    やがて三人は砦を離れ、レダリア公国へ向かう。質屋で手に入れた聖騎士の鎧とシスター服。教会の信仰は大陸を統率しているはずだったが、その外殻は腹のために売られ、通行のための形として再利用される。祈りの言葉、白い布、刻印、病への恐怖。それらは信仰そのものではなく、門を通るための手順へ変わっていく。二日酔いのモネスを「疫病治療で罹患したシスター」として通過させる場面では、制度よりも恐怖が早く働く現実が描かれる。

    七日目、三人はオーレンとモネスに縁のある村へ到着する。そこでは教会の形も、騎士団長の権威も通じない。老婆たちは「祈りで腹は膨れない」と言い、鎧を脱がせ、外者を労働へ組み込む。モネスは寄合所へ回収され、ジュダルはそこで彼女が抱える「世界の音」を知る。風、火、土、水、光、闇。人には聞こえないものまで拾ってしまう彼女にとって、世界は常に雑音に満ちている。寄合所の暗さ、煤、灰、針の一定、老婆たちの子守唄は、その雑音を底へ落とすための生活の技術だった。

    村では、死者を送るための祈りもまた別の形を取る。火、煙、濁酒、短い記録。男たちは神へ祈るのではなく、風へ渡す。ジュダルはそこで、自分がかつて追悼の場から退けられた記憶と向き合う。生まれによって順番の外へ置かれた者には、死者へ線を引くことすら許されなかった。だがこの村では、出自も肩書きも問われず、煙の重さだけが共有される。紙に固定された呪いの外側で、村は独自の媒体を持ち、記憶を横へ渡していた。

    終盤、モネスは眠りを取り戻し、ジュダルとオーレンは村の労働と風呂と犬に振り回されながら、鎧を脱いだ身体としてそこに置かれる。そして出発の朝、モネスは言葉にならない祝詞を風へ渡す。双陽の下、影は二つに伸び、土、水、光、匂い、熱の層が世界の密度を増していく。ジュダルはその音を前に、信仰ではなく反射が戻らなくなる瞬間を知る。

    第5巻は、戦場の勝敗だけを描かない。命令が誰の腹を薄くするのか。銅貨は誰の間を回れば隊を生かすのか。祈りは腹を満たせるのか。紙に残らない追悼は、どこへ届くのか。モネス、オーレン、ジュダルの三人を通して、本巻は「制度の外側にも、人を生かす手順は存在する」と静かに示していく。

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