令和の現代では、人は死ぬと火葬場で焼かれる。しかし甲賀市では、現在でもごくわずかだが土葬の風習が残っている。これは非常に珍しいことだ。
九十歳になるOさんは、祖先はもとより、祖父母や両親も土葬だった。
本人も土葬を希望しているが、息子さんや娘さんは火葬にしたいと言っている。
土葬は火葬に比べて労力がかかって大変なのだ。棺桶を埋めるために土を掘らなければいけないが、これが重労働。しかも土を掘ると遥か昔に土葬された骨が出てくるので、場所を探すのも大変。そして棺桶は火葬の時に使う寝棺ではなく、座棺である。
亡骸は座棺の中に胡坐で合掌をさせるのだ。
Oさんはこどもの頃の葬式の記憶を話してくれた。
野辺の送りの時。田んぼの畦道を大勢の人が皆、黒い服を着て歩いている。賑やかそうに感じたのは、大人に混じって大勢のこどもも歩いていたからだ。こどもたちは後でお菓子が貰えるから一緒についていく。
青空には大きな入道雲があって、カラスが十数羽、ギュエェーギュエェーと奇妙な鳴き声を上げながら飛んでいる。
ぼんやり葬列を眺めるOさんのねき(隣)に、いつの間にか白い着物のお爺さんが立っていた。Oさんがお爺さんの顔を見上げて訊いた。
「誰のそうれん(葬式)やろ」
「わしじゃ」
お爺さんが行列に向かって歩いていき、Oさんはその場に尻もちをついた。
また、こんな記憶も話してくれた。
Oさんの祖父が亡くなった時のこと。当時としては珍しかったのだが、祖父は身長も高いうえにたいそう太っていた。座棺は大きさが決まっていて、昔ながらの小柄な日本人なら納まるが、大柄な祖父の体が入らない。そのうえ死後硬直も起こっている。
親類のおじさんが、
「おっさん(和尚)が来て念仏を唱えたら、体がタコみたいに柔らかくなる」というので待っていると、和尚がやってきて念仏を唱えて祖父を座棺に入れようとする。しかし、ガチガチに固まった大きな体はどうにもならなかった。
「しゃあないな」
親類のおじさんが、力任せに関節を折り始めた。
ボキッ、ボギィイ、ボォギィ――
無理やり祖父の体を折っていると、突然、祖父の口から、
「グゲェ、グゲェ」
蛙が鳴くような声が漏れた。
――続きは書籍にて