ひとときのお祭り騒ぎの喧噪もすっかり過ぎ去ったころ、裏門をくぐり、ひっそりとした静けさに包まれた墓地の中に見慣れた姿を探す。途端にやわらかに鼓膜を震わせるように届くのは、小鳥のさえずりのような高く澄んだ声の響きだ。
かすかに湿ったやわらかな土を踏みしめながら、思わずそうっと息を潜めるようにしてようすを伺う。
立ち並ぶ墓石の間に佇むのは、おそらく歳のころは七・八歳程度の赤みがかかった焦げ茶の長い髪を揺らす少女と、彼女の視線の高さに合わせるようにかがみながら、じいっと見つめあって言葉を交わしあう彼の姿だ。
おやおや、これはこれは。
どうやらタイミングが悪かったらしい。引き返そうかとためらったところで、少女はくるりときびすを返すと、一目散に駆け出していく。
決して長いとは言えない距離を、それでもしきりに何度も振り返っては手を振ってみせる姿には隠しきれない色鮮やかな思いがありありと映し出されている。
ひとしきり手を振って応えてみせるその仕草がすっかりついえたころを見はかるようにして、僕はそうっと遠慮がちに声をかける。
「こんにちは」
「ああ、こんにちは」
手をあげて答えてくれるその表情には、うっすらとあまやかな影が滲む。
「神父様にお聞きしたんです、この時間ならここに居るって」
わざとらしく視線を逸らすように、墓石へと影を落とす色づいた木々をぼうっと見上げながら僕は答える。
「デートの最中だとは思っていなかったので、迷惑だったかなとは思ったけれど」
「あぁ、」
すこしだけばつが悪そうに笑いながら、彼は言う。
「ちょうどお母さんが迎えに来てくれたタイミングで」
「邪魔にならなくてよかった」
まさかテレパシーでこちらの存在を感知された、だなんてことは思いはしなかったけれど。
「リディアとは」
まぶしげに瞼を細めるようにしながら、おだやかな言葉が落とされていく。
「図書館で知り合ったんです。館内で絵本の朗読のイベントが行われていて、そこに参加させてもらった時、隣にいたのが彼女だった」
「へぇ、」
ちらりとこちらを一瞥したのち、遠慮がちなようすで彼は答える。
「はじめて聞くけれど、すごく悲しくて、それでいてとても優しいお話でした。聞いているうちに、自分でもびっくりするくらい涙が止まらなくなって―もう随分長い間、泣いたおぼえなんてすこしもなかったのに。その時だったんです、隣にいた彼女が大丈夫? って聞きながらハンカチを差し出してくれて。そういう彼女のほうだって目を真っ赤にして泣きはらしていたのに」
ごくり、と深く息をのみ、遠い記憶をゆるやかにほどいていくかのように、やわらかな言葉は続く。
「彼女のそばに大人の人がいないのが気がかりで。だから聞いたんです、きみは大丈夫なの? いっしょに来た人はいるの? って。そしたら向こうにいるって、ステージの側を指さして教えてくれて。すごくほっとしたのをいまでもおぼえてる」
「親御さんもびっくりしたでしょうね、いつの間にかこんなにもすてきなボーイフレンドと知り合っていて」
「そう思ってもらえたならいいんだけれど」
自嘲気味な笑い顔の奥に、誇らしげな色がやわらかに滲む。
「ねえ、ところで話が変わるんですけれど」
「なんでしょう?」
首を傾げてみせるこちらを前に、僅かに遠慮がちな――それでいて、確かな意志を込めた言葉が落とされる。
「あまり、かしこまった話し方をするのが得意ではなくって―いままで、失礼な話し方をしていたようだったらごめんなさい。あなたとはもうすこしリラックスして話がしたいなと思ったんです。よければそうしてもいいですか? 迷惑だったらやめます、もちろん」
言葉尻はかすかに震えていて――それでもそこには、きっぱりとした願いとも呼べるような無防備な感情があふれている。
ふかぶかと息を呑み、僕は答える。
「気にしないで、そんなの」
「……よかった」
子どものように無邪気に笑ってみせる姿を前に、たちまちに心の奥がほどかれていくのにただ身を任せる。