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はなり亭で会いましょう4

  • D-17 (小説|エンタメ・大衆小説)
  • はなりていであいましょうよん
  • 寝覚の朔
  • 書籍|文庫判(A6)
  • 166ページ
  • 800円
  • https://dokusyaku.com/page-14…
  • 2023/9/10(日)発行
  • はなり亭で会いましょうのシリーズ最終巻。1巻から順番にお読みください。

    はなり亭の店主である御厨喜孝が結婚式のため店を休むと知った重森絢子は、複雑な感情に苛まれつつ日々を忙しく過ごすことで気持ちを紛らわせていた。
    不穏な気配を感じることからも、引っ越しを急ぐ。
    渡辺涼花ははなり亭への不可解な口コミ低評価を知り対応に悩むが、新たな問題も浮上する。
    2020年1月に発表した『はなり亭で会いましょう』から3年と8ヶ月、シリーズがついに完結です。

    前向きな変化と予兆

    「どうして異動を希望したんですか? 私、絢子さんが居ないと、どうしたらいいか不安で……」
    「ほらほら、可愛い後輩ちゃんもこう言ってるんだし……シゲさんがお姉さんとして何とかしてあげたほうがいいんじゃないの?」
     二人からの無責任な言葉に、絢子は目眩のような感覚に襲われた。
    人事異動があれば業務の引継ぎや今後の対応を考えねばならず、面倒ごとも多い。自分が抜けることで負担が増える人が出るのも確かだ。
    けれど、それは従業員の一人に過ぎない絢子が慮ることだろうか?
    キツい言い方にならないよう頭を抱えつつ、絢子は慎重に言葉を探す。

    口コミ評価と悩める店主

    クリスマスに年越しと、十二月後半の大イベントは過ぎ、涼花は実家で新年を迎えた。
    二十歳を迎えてから最初のお正月ということもあり、おせち料理と一緒に日の高いうちからお酒をいただくのは新しい体験だった。
    また、ずっと自分の両親はお酒を飲む習慣がないものだと思っていたが、どうやら二十歳未満の子の前で大っぴらな飲酒は控えていたらしい。涼花が二十歳を迎えたため、実家での飲酒も正式に解禁されたようだ。
    楽しいお正月を満喫したいところだが、休み明けに提出しなければならないゼミの課題もあり、アルバイトの予定も入っている。もう少しゆっくり過ごしたい気分もあったが、涼花は三が日が明けないうちから、京都の下宿先へと戻った。

     「御厨さん、明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします」
    今年最初のアルバイトだからと、涼花は店主である御厨に深々と頭を下げて新年の挨拶をした。
    「こっちこそ、今年もよろしく。お正月くらいゆっくりしてたいやろけど、来てくれてありがとうな」
    「いえいえ。実家でダラダラ過ごしちゃうより良いですし」
    「で……新年早々、言いにくいんやけど……」
    御厨は少し困ったような、でも苛立ちも感じているような表情で、出禁にした客がいることを伝えてきた。
    何でも昨年のクリスマス頃にやってきた男性客が、常連女性の重森と知り合いのようだったが、横暴な態度が目に余ったため御厨が退店させたという。重森も絡まれて、随分参っている様子だったらしい。
    その日、涼花はシフトに入っておらず、今まで知らされていなかった。
    「その日は樹希くんもおって、一緒に追い出したんやけど……面の皮が厚いんか、また入ってこようとした日があって、追い出してて。そういうことがあったさかい、涼花ちゃんにも言うとかなあかんか思て。巻き込みたなかったさかい黙っとったんやけど、仲間はずれにして堪忍な」
    「そんなことがあったんですね! 特徴とか、どんな感じですか? 私も見かけたら追い返しますね!」
    重森は時折、一人飲みをしに来る女性客であり、涼花が憧れている存在だ。その彼女を困らせるような人は、客になって欲しくない。
    「いや、涼花ちゃんは見かけても直接声かけへんほうがえぇ思うし、僕か樹希くんに言うて? 危ないことはさせたないし」
    「でも……」
    そう言われると、自分は役に立てないようで悔しくなる。迷惑な男性客への対応は女性店員の涼花よりも、御厨や宮田などがしたほうがいいのかもしれないが……「自分にできないこと」があるのは悔しい。
    「涼花ちゃんが頑張ってくれんのは嬉しいけど、ああいう手合いは自分より弱見える相手ほど、強う出て面倒なことになりそやし。涼花ちゃんは、涼花ちゃんにできる方法で助けてくれたらえぇから」
    「……はい」
    その後、出禁にした男の特徴を情報共有され、いつものように開店準備に取りかかる。はなり亭はおいしい料理と食事を楽しんで、寛いでもらう場所だ。「お客様は神様」なんて言葉もあるが、神様だって全部が全部、幸福をもたらす存在ではないし、そもそも信仰の自由だってある。
    お店に相応しくない存在は、信仰すべき神でももてなすべき客でもない。だから、店側の判断で追い出すのが正しい。

    彷徨う心と夜の来訪者

    (まさか、こんなことになるなんて……!)
    自宅玄関のほうから聞こえる音と声に震えながら、絢子はスマートフォンに手を伸ばす。恐怖で頭は働かず、指先が震えてもどかしい。もたついている間にも、恐怖心はどんどん絢子の中で大きくなっていった。
    (……助けて!)
    縋るような想いで、絢子は直前までメールでやり取りしていた相手に電話をかける。

    ***

    一月も下旬に入り、絢子は引っ越し先の物件探しを急いだ。
    というのも最近、視線というか誰かにつけられているような……なんとなく不穏な気配を感じるのだ。具体的な「何か」が、あるわけではない。「また征也と鉢合わせたらどうしよう?」という不安感から、自意識過剰になっているのかもしれなかった。
    人事異動があった場合の引継ぎ資料作成も通常業務と並行して進めており、毎日忙しく感じていたが、日常の不安はなるべく早く取り払いたい。だから絢子は隙間時間には、不動産情報をチェックして物件を探すよう心掛けた。 しかし、なかなか希望にぴったり合う物件は見つからない。こうなると、やはり希望条件を下げたほうがよいのかもしれない。
    そんな日々の息抜きにと絢子は、はなり亭での気分転換を決めた。
    つい先日も行ったばかりではあるが、その時は彩華と一緒であったし、自分のペースでゆっくり楽しむ一人飲みの時間も欲しい。それに引っ越してしまえば、今までのペースで足を運ぶのは難しいだろう。
    名残惜しい気持ちもあるが、生きていく上で変化はつきもの。御厨も近く結婚式の予定があり、新たな門出を迎えるのだ。自分も今後を考えて、変化を受け入れながら選ぶべきものを見定めていきたいと思った。

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