それは十年ほど前のこと。当時大学生だった絢子は、年上の恋人と交際していた。しかし学生と社会人という立場になってからすれ違いが増え、このままで良いのかという疑問が膨らんでいた。大学生の絢子とて、忙しく働く恋人を応援する気持ちはある。だから連絡がなかなか来ないことや、ここ数か月デートもままならない状態で、慌ただしく夜の居酒屋かファミリーレストランで夕食を共にし、仕事の愚痴を聞いて励ますばかりの日々にも文句を言わず付き合った。
「成人式とかマジ無意味。やっぱ、一人前に仕事できるようになってからが大人だわ」
「絢子も就職したら俺の大変さ、身を以て知ると思うわー」
「はー、まだ学生でいられる絢子が羨ましー」
「まぁ、絢子にはまだ、仕事に振り回されてる俺の気持ちなんてわかんないと思うけど……」
そんな言葉が夕食の席で繰り返され、絢子は機嫌を損ねないよう相槌を打ち、恋人の頑張りを肯定する。ある程度、愚痴を吐き出して満足すると、会計して解散するか、余力のある日は朝まで一緒に過ごした。
(これって、付き合ってるって言えるのかな……?)
ほぼ一方的に愚痴を聞かされ、絢子が何か発言しても反応は薄い。あるいは「社会人にそんな余裕はない」「趣味にうつつ抜かしていたら勝負に勝てない」と、かつて一緒に盛り上がったはずの共通の趣味の話題さえ打ち切られてしまう。絢子のちょっとした悩みを打ち明けたなら、「学生の悩みなんて大したことではないし、自分で解決しないと社会に出た時に通用しない」などと、よくわからないお説教が返ってくる。
絢子としてはちゃんと話し合って、落とし所を見つけたいのだが、その糸口がつかめないまま、季節は夏を迎えた。
そんな折、久しぶりのデートにと花火大会に誘われた。数か月ぶりのデート。しかも花火の特別観覧席チケットまで用意してくれたらしい。となれば絢子とて、恋人の想いに応えるしかないと、このときばかりは張り切った。思い切って浴衣一式を購入し、着付けと髪のセットを美容室にお願いして当日に挑む。
そして……