少しだけ開いた窓の隙間から聴こえてくるのは、競うように泣く蝉の声と公園で虫取りをする子供の声。
子供達は時に笑い、時に泣き、時には怒った声を響かせている。
そんな夏の音が聴こえているのに、家のリビングに掛けられたカレンダーは五月のままだ。
カレンダーなんて薄っぺらい只の紙。めくろうと思えばめくれる。それなのに、めくること無く時間だけが進んでしまった。
小さな服が散らかったリビングと玩具の散らばった和室。おままごとセットの包丁やプラスチックの野菜が点々と転がり、私や妻の顔が描かれた画用紙も畳を隠すように並べてある。
和室の奥にあるキッズテントに目を向けてみると、クマやウサギのぬいぐるみが三ヵ月前と同じ位置で鎮座していた。
重い腰を上げてみる。そろそろ妻が薬を呑む時間だ。
階段を上がって寝室の扉をノックするが、中から返事は返ってこない。
「開けるよ」
小さくそう呟きながらゆっくり扉を押すと、ベッドに座って宙を見つめる妻の背中があった。
「うどんとお蕎麦、どっちがいいかな? 昨日はお粥だったから流石に毎日は飽きると思って、昨日仕事の帰りに……」
「要らない」
僕が全て喋り終える前にそう言った妻は、相変わらず宙を見ている。
「そう。でも……薬呑まなきゃいけないから、少しだけでも何か」
「要らないって言ってるでしょ」
妻はそう言って私の足下に枕を投げつけてきた。私が屈んで枕を拾い上げようとした時、妻は念仏のように同じ言葉を繰り返し始めた。大粒の涙を流し、近所に聴こえる程の声量で。
「ごめんね佑衣、ごめんね佑衣、ごめんね佑衣、ごめんね佑衣、ごめんね佑衣、ごめんね佑衣」
私は妻を後ろから抱きしめ、「大丈夫」といつものように声を掛けた。それでも妻は、目覚まし時計のように「ごめんね佑衣」と言い続けている。
悲しみは時間が解決してくれるという言葉が嘘だと言うことを、私は娘を亡くして初めて知った----。こちらのブースもいかがですか? (β)
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