雨の降る気配などまるでないアラビアの空を見上げ、首まで真水に浸かった沙己はぱしゃんと水を跳ねさせる。背泳ぎをしてもだれにもあたらずにすむのは、ここがホテル専用のプールだからだ。
「砂漠の真ん中なのにプールがあるなんて、ほんとうに金が余っている国なんだなぁ」
灼けつくような陽差しだけは操作できないのだろうが、砂漠の真ん中にプールを作り出すほどの財力には呆れてしまう。
「サキは泳ぎが上手いのだな」
ぴたりとした黒の水着を穿いたシャフィークが、サングラスの隙間から金色の瞳を覗かせ、綺麗な歯ならびを見せる。引き締まった体に小麦色の肌からして、いかにも泳げそうなのに、もっぱらプールの中にしつらえられたハンモックで寝そべってばかりだ。驚くべきことに、プールの底から四本の支柱が水を突き破って突出し、支柱の天辺から蜘蛛の糸状のハンモックを吊している。その中に、黒豹を思わせる肉体美を持つ中東の男が優雅に仰臥しているのだ。
「そんなところで寝てないで、シャフィークさんも泳ぎましょうよ」
「バカンスとは、なにもしないことだ。私はリゾートでは怠惰に過ごすことに決めている」
「もう」
サングラスをしっかり装着して寝返りを打つ姿がおっさんくさい、と思うが口には出さない。
沙己とシャフィークはバカンスに来ている。日頃仕事と英語の授業でくたくたになっている沙己を見かねて、どこかで羽根をのばしてはどうかとシャフィークが提案してくれたのだ。どこか行きたいところはあるかと問われたとき、
「せっかくだからアラビアっぽいところがいいです」と答えると、この砂漠の真ん中に佇むリゾートホテルを勧められた。
「もともと私ひとりでも、同じような部屋をとるつもりだから、遠慮しないで一緒の部屋に泊まればいい」
そうシャフィークに言われると、ありがたくその言葉に甘えるしかない。
午後二時になり、プールサイドで洋風の食事を終えたあとフロントに赴く。
「マクトゥームさまですね。お部屋専用の執事が参りますので、お待ち下さい」
しばらくたつと、ホテルの制服とは少し違うタキシードのような服を身に纏い、灰色の髪をなでつけた五十すぎの男がやってきた。
「お部屋にご案内致します。どうぞこちらへ」
執事の後ろからポーターが、
「荷物をお持ちします」と言ってカートに積んでくれる。移動のためエレベーターに乗り込もうとすると、黄金の昇降機が観音開きになった。中はクリスタルと金、それに天井や側面に嵌め込まれた鏡でまぶしいほどに輝いており、正直目が痛くなる。
「このホテルの金装飾は、すべて二十四金で出来ております」
誇らしげに説明する執事の横顔から、このホテルを自慢にしているのがよく分かる。
部屋に通されると、落ち着いた象牙色の天鵞絨貼りが目立ち、至る所に金の縁取りがされていた。風呂は、普通の部屋の中にいきなり天蓋付きの湯船が配置されていたり、シャワールームがあったりと合計三つもあった。寝台ももちろん天蓋付きで、やけにクッションがあちらこちらに置かれていて落ち着かない。
(こんなところで、えっちできるのかなぁ)
シャフィークと泊まれば、自然と夜はそうなるに違いないが、あまりに豪華すぎて気後れしてしまう。
「このお部屋の照明につきまして、ご説明致します」
シャフィークがなにかを尋ねているが、沙己には複雑でよく分からなかった。部屋を充分見て回ったあと、ホテルの中も見たくなってきた。
「シャフィークさん、カードキーを一枚下さい。俺、ホテルの中を探検してきます」
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