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箱庭療法 一.

  • C-34 (小説|短編・掌編・ショートショート)→配置図(eventmesh)
  • はこにわりょうほう いち
  • 珠宮フジ子
  • 書籍|文庫判(A6)
  • 300円
  • 2014/9/14(日)発行
  • 誰かが居た日常を。誰かが居なくなった日常を。
    それでも、世界は続いていくというそのことを。
    サイトでも展開しています連作と同じシリーズの短編、四つ詰め。
    112p・300円
    【収録内容】
    泣く魚
    極楽鳥の憂鬱
    異邦の人
    蝸牛の螺子巻き

    ---
    (サンプル)
     ああ、風が違うんだ、と彼は気が付いた。それへ気が付いたら、他のことが枠に収まっていくのは早かった。彼の薄い靴底のスニーカーが踏む地面はつまらないほどになめらかで、道の端に植わった街路樹は杓子定規に剪定が加えられている。街並みを大きく形づくるビルはばらばらなのに画一的で、四角い窓硝子に青い空が映り込んでいる。
     一歩一歩を踏み出す人ごみの歩調すら、ひとつであるような気がした。彼が大きな歩幅でさっさと歩いていると、邪魔者を追い出そうとするような視線が彼に向けられた。さすがに人ごみの全員ではなかったけれども、人ごみが彼を追い出したがっているように、彼には感じられて仕方がなかった。
     ああそうだ、一緒なんだ、と彼はまたひとつ腑に落ちる。ばらばらを目指しているように見えて、根っこにはまったく同じものがある。ばらばらであることを礼讃しているように見せかけて、その実孤立させているだけだ。この場所では、多分、根っこから違うことは人から嫌悪を呼ぶだけなのだ、と今までの短い生の中で散々と実感してきたことに、ひとつの理由をつけることが出来て、彼の心は穏やかだった。自分をみる周りの奇異の視線をすら、微笑ましく見送ることが出来た。
     色が縦に並んだ信号機の、赤信号で立ち止まる。少し車が途切れた隙に飛びだす影はありえない。けれども、進行方向直角の色が横に並んだ信号機の、赤信号が灯れば一斉にみんな動き出す。その人並みが捌けてしまってから、彼は横断歩道の上に足を下ろす。一歩、二歩と踏みしめる滑らかなアスファルトに描かれた白い縞模様は、久方ぶりに見るものだった。あそこの人たちはこれでの遊び方を知らないんだろうか。いや、きっと知っているさ。彼は考えて、ひとりで納得して、大きな歩幅で横断歩道を渡る、渡る。だって遊びには、言葉なんて関係ないじゃないか。
     そのときふと、彼の胸にある一つの風景が去来した。それは、彼がまだほんの小さかった頃、下手をすれば今の半分ほどの身長しかなかった頃の風景だった。ここからはまだ遠い街、彼が育った街の四つ辻でのことだった。車が一台通り抜けるのがやっとの道幅しかないくせに、両側から車がやってきて譲り合いをしているような道路と道路が交わっている辻でのことだった。そこには横断歩道もなければ信号機も必要なかったので、辻の角には電信柱が無表情に突っ立っているだけだった。電信柱は斜向かい同士の角に立っていて、彼は、それを繋ぐように描かれた、横縞の道を眺めていた。自分と同じぐらいの背丈を、体つきをした子どもたちが、横縞の上を飛び跳ねている。きゃいきゃいと、言葉にならない声をあげながら、跳ねている。彼にはそれがとても楽しそうに見えたので、あの遊びに混ぜてもらいたいとそう思った。けれども、そのときの彼はといえば、今の彼からすると信じられないほどに言葉というものを持っていなかったので、彼に出来たのはただただじっと、じいっと、飛び跳ねる彼らのようすを見つめることぐらいだった。そのうち、飛び跳ねていたうちのひとりが彼へ声をかけた。一緒に遊ぼう、というようなことを彼は言われたのだ。出る言葉はないが入れることは得意であった彼は、言われた意味を理解して、にっこりと笑ってうなずいた。自分も混ぜてもらえるということがたまらなくうれしかった。彼はその二人に手を引かれて、横縞の道の端っこに立たされた。白い帯は、彼の歩幅よりもずっと広い間隔をとって描かれている。そうか、この上を飛び跳ねるんだよな、と彼は考えた。そうして、考えた通りにした。地面を踏みしめる足に力を込めて体を縮め、ぴょんと両脚でその場から跳んだ。彼の両足は黒いアスファルトを踏んでいた。はい、終わり! 彼の手を引いてきたはずのふたりは、今度は彼の背中をぐいぐいと押して、彼を道の上から追い出した。おまえばっかだなあ、いっかいめでしっぱいするなんて。彼らはそう言うのだったが、彼にはまったく意味が分からなかった。自分は何を失敗したのだろうと思った。自分は彼らと同じことをしたのに、と擁護を求めるまなざしを、今、口を開かなかった方に向ければ、冷たい視線が既に彼に向けられていた。まるで彼を除け者にしたがっているような、いっそ追い出しにかかりたがっているような風に見えた。彼は戸惑いながらも彼らを眺めていたが、一気にその戸惑いが恐怖に変わった。いつの間にか、二人の後ろにも子どもが増えている。その子どもたちはみんな同じ顔をしていた。そしてよく見ると、彼を引っ張ってきたふたりも、それと同じ顔をしていた。黒い髪に黒い目をして、白い額と赤い頬をもっていた。みんながみんな同じ顔の目を細めて、口元をきゅっと結んで、彼を見つめていた。それらが彼には恐ろしかった。恐ろしくてその場から駆け出した。見上げた空の赤い夕焼けすら恐ろしかった。そんな風景のことだった。
    (異邦の人 より)

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