はしがきより抜粋
この詩歌集「どちらが青い」は、戦争の痛みと追憶へのイメージに関する緩やかなつながりを持つ詩と短歌の集成です。特に詩については、架空の合唱組曲「どちらが青い」を構成する詩として製作したものを曲順に収載しました。
「どちらが青い」という言葉は、ある日の夢に聴いた合唱から来たものです。
私はどこかのホールの舞台袖におり(演奏会かコンクールのスタッフをやっていたのでしょうか、定かではありません)、ある合唱団の演奏を聴いていたところ、この「どちらが青い」というフレーズが繰り返し繰り返し歌われていたのでした。
無伴奏短調、次第に下降していく和音。いつ終わるとも知れない「どちらが青い」という言葉のひたすらな繰り返し。実在しない音楽であるにもかかわらず、その時はとても鮮明に聴こえ、また目覚めた後もはっきりと記憶に残っていたのです。
聞こえた歌詞は「どちらが青い」しかなかったのですが、夢の中では何故かありもしない記憶が蘇るもので、「戦争で命を落とした友人たちへ、君たちが眠っているそれぞれの場所は、海と空はどちらが青いだろうか」と生存者たる詩人が問いかけている詩だとはっきりわかっていました。そこからTwitter上での友人たちの助けを得て書き上げたのが、今回ここに収載した詩です。
古臭い表現にしたいと思いました。私が生まれるはるか昔の戦争へのノスタルジーの現れですが、現代の戦争へも何か思いを致すよすがとなれば幸いです。
編者のことば
あの夏の日、或いは、夏ではない日。
それは遠い過去のみならず、いまもまた同じひとの営みとして続く、生かされては、死に至らしめられるひとびとのこえ。それらが思い返されることも、思いを馳せられることもなくなってしまうことを恐れながら暮らしている日々のなかで、この詩歌集の原稿が送られてきた。
私はいま、部屋の空調の音と住宅街のひとびとの声の中、コーヒーを飲みながらこのことばを綴っている。
松丘氏が連れてきてくれた、忘れ去られてはならぬものたちの手触り。それを感じたつもりになるにはあまりにも呑気すぎる空間で、それらしい理解をしそれらしい言葉を並べているにすぎないのだ。
そんな自分がひとであることに誠実であるためには、私もまた、彼とともに、海の底と空の底 どちらがより青いかを確かめに行くしかないのかもしれない。
誰しもがいつかそこへ眠るということだけは、変わらないはずだから。
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