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文学フリマ香川3出店者
西蓮寺編集部(ブース: う-08)
布教しない仏教マガジン『 i 』#できないことが「迷惑」と捉えられる時代で
こちらのアイテムは2026/8/2(日)開催・
文学フリマ香川3
にて入手できます。
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布教しない仏教マガジン『 i 』#できないことが「迷惑」と捉えられる時代で
う-08 (ノンフィクション|雑誌)
ふきょうしないぶっきょうまがじんあいできないことがめいわくととらえられるじだいで
西蓮寺編集部
書籍|B5
年齢による能力の衰えや、怪我や障がい、立場などで「できないことを抱える人は大勢います。いわゆる普通に生きている場合でも、何だかミスが多い日や、物事がうまく進まないときもあります。 「そうそう、誰にでもできないことはあるし、迷惑をかけることがあるのも仕方ないよね」と思って、おおらかに生きていければいいのですがなかなかそうもいきません。 この特集を構成するにあたって、最も難しかったのは「できないことがある人に対して迷惑だと思ってしまうこと」にどう向き合うのかということでした。もちろん、理屈ではいくらでも言うことができます。少しの優しさを持って接する、自分だっていつかできないことをたくさん持つかもしれないのだからお互い様である、等々…。 しかし、いくら寛容な心で接しようと思っても、いざその場面に出くわしたときに、「迷惑だ」と全く思わないでいられるのか。なかなか厳しい問題だと思います。では、私たちは他人のことを「迷惑だ」と思ってしまう気持ちにどう整理をつければいいのでしょうか。
本号では、そのヒントになるような文章を集めました。すぐに活用できる特効薬のような読み物ではないかもしれません。中には、迷惑を迷惑だと捉えてしまう心情に、正直に書かれたものもあります。しかし、これらを読んでいくことで、いま一度自分の心と向き合い、感情の整理の一助になればお手伝いが出来ればと思っています。
考えてみれば、このように何でもできるような顔をしている私でも、この世に「できないこと」ばかりだった時期がありました。できるようになることが最上の喜びだった時代もあったのです。しかし、できることが増えるにつれ、それを当たり前のように考えるようになりました。できないことがある人に向ける視線も、自然と厳しくなってしまっていると思います。でもきっと、「他人を迷惑だと思うこと」と「他人に迷惑だと思われること」は、密接に関わり合っている。そのことを、いくつかの文章を読みながら、一緒に考えていただけると幸いです。(文:私道かぴ)
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