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すべてのまぼろしはカーニバルの海に消えた

  • B-33 (小説|ミステリー)
  • すべてのまぼろしはかーぬばるのうみにきえた
  • 踝 祐吾
  • 書籍|B5
  • 2025/7/6(日)発行
  • 今回順延となります
    申し訳ありません
    下記の通り冒頭を公開いたします


    ================================



     『波しぶきに注意』……その標識だけがすべてを見ていた。
      水平線から少し頭を出した無人島。海岸線から約一キロ、半径およそ二百メートルほどの小さなその島は無数の針葉樹で覆われており、海岸の反対側にはテントを三、四個張れるような小さすぎはしない砂浜と、島の中心部の入り口となる石の鳥居が太陽の沈む方角に向かって建てられている。普段であれば何もないその浜辺に異変を見つけたのは、沖合での漁から戻る小型船の船長だった。
     「なんじゃあ、ありゃあ……」
      気になって『それ』に向かって近づいていく。打ち捨てられた魚の類ではない。哺乳類──といってもクジラ等でもないようだ。浜辺の砂まではっきりと見え始めた状態で、船長はその哺乳類が『ヒト』であることを確信した。
     「やんべぇぞ、これ……おい、大丈夫か?」
      呼びかけに対して返事はない。嫌な予感がしてぎりぎりまで船を近づけるが、座礁の恐れもあり砂に乗り上げるなどできない。船長は思わず操舵室の小物入れから双眼鏡を取り出し、その顔を覗き込み──悲鳴を上げた。
     「!!!!!」
      おそらく三十代ぐらいの男だろうか、顔は既に土気色を帯び、紺色のスーツは波に濡れ、びしゃびしゃに皮膚にまとわりついている。肺の部分が上下に動いていないことから、既に死んでいることが想定できた。船長はすぐに踵を返し、港に全速力で戻る。漁師仲間に蒼白の顔を指摘され笑われても、さすがにそれどころではない。
     「……海保に連絡を……お願いします」
      積み荷下ろしも忘れたまま、船長は市場から電話をかける。息も絶え絶えになりながら状況を伝え、救助要請を依頼した。
       海上保安庁が動き、その遺体を収容する。身元を証明するものもなく、スーツでわざわざ……という疑問はありつつも、おそらくどこかの船上から誤って転落してしまい、溺死体がこの島に流れ着いた……いったんはそう結論付けられた。
      とりあえずデスマスクを取り、さすがに遺体写真をお知らせに載せるわけにはいかないので似顔絵を作り、周りの警察署等に配るものの、一向に手掛かりは現れないまま。
      司法解剖も済んだ以上は何もできないのだから、ただこれ以上はどうすることもできず……身元不明人のまま荼毘に付された。
     海辺の街に突然持ち込まれた変死体はこれ以上何もできず、ただ黙って各所に告知を貼りだすのみ。ゴールデンウイークを少し過ぎた頃におこったこの騒動も、小さな漁村とはいえ瞬く間に皆の記憶から忘れ去られていった。
     そして──三か月の月日が流れた。




     「佳衣子ー、そっちどう?」
     「あー、もうすぐできそう」
      わたし、奥山佳衣子が暮らすここ、Y県T市の中でも海に面した浜辺の街──A地区I集落で行われるのは年に一度の夏祭り。人手が決して足りているわけではなく、このようにしてうららかな女子高生が夏休みの貴重な時間を使って準備に引っ張られることもしばしば存在する。平成の大合併で周囲の町村を巻き込んだT市だが、もともとはA町I地区という別の名前がついており、どちらかというとこの地区で編成されるI漁協の人たちは旧町名で今も呼ぶことが多い。この辺には買い物をする場所もコンビニも少なく帰りにパンを……なんてもってのほか。T市のイオンに行くのも大変で、何を買うにもお母さんにおねだりして車を出してもらう必要があるのだから何とも言えない。
     わたしはこの生活をいつまで続ければいいんだろう。そんな鬱屈とした感情が頭をよぎるも、目の前の仕事量が減るわけでもなし、仕方なくこうしてただひたすらに注連縄を街のいたるところに張り巡らせているのだ。
     「朱莉ー、そっちはー?」
     「まだかかりそー。手伝ってくんない?」
     「おっけーわかった」
      トタン屋根の庇にラストの輪っかをひっかけると、同級生の初瀬朱莉の方へ駆けていく。街……というよりは村に残った数少ないJK約二名。自分は何とか順調に縄をかけられるものの、身長が一四〇にも満たない朱莉はどうしても縄をかけるたびに脚立を少しずつ動かさねばならない。一七〇近くある自分とは大きな違いだ。おかげで進捗状況には差が出てしまい、自分が持ち分を終わらせたとしても彼女の手元にはまだ半分近くの縄が残っていた。
     「というかいつも思うんだけどさ、こういうのって男子の仕事じゃないの?」
     「仕方ないよ、男子は男子で島のお仕事があるんだから」
      朱莉は額の汗をぬぐい、街から一本道路を隔てた海岸のほうを見る。
      A地区I集落は漁協も単独である通り、もともとは漁業を生業とする小さな村。海岸線沿いに一車線の国道がまっすぐと伸び、それを境として日本海と集落に別れている。集落と言っても国道沿いにあることもあってか、極端な人口減少もあるわけでなく、決して栄えているわけではないけれども細々と海の幸を切り売りして生活できていた。だもんで、奥山家も初瀬家も代々漁師の家系だったりする。……もっとも、自分も朱莉も今年がラストの高校生活、朱莉は成績がそこそこ良いこともあって隣のM県S市の大学を受験するのだとか。自分は自分で看護師を目指し、とりあえずは看護学校の受験勉強を頑張っている。
      将来とかなんとかはっきりとは思い浮かべられないけれど、まずは手に職をつけなければならない。……のだろうが、漁村も少しずつの人口減少でいつかはひとまとめにされていくのだろう。マイ人生と地域の未来と天秤にかけたときに、最優先は飯の食い扶持担ってしまうのは仕方ないのではないか、と少し考えた。
      朱莉はうんせうんせと脚立を降りて、縄の残りをわたしに手渡す。
     「日が暮れるまでに終わるかなー?」
     「まぁこのペースなら大丈夫っしょ」
      そうかなー、と朱莉が怪訝な顔をする。朱莉がハンデを背負っているだけなので、極端に時間はかからない……とは思っているのだけれど。

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