こちらのアイテムは2017/6/11(日)開催・第二回文学フリマ岩手にて入手できます。
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島ノ見ル夢

  • ウ-01 (小説|歴史・古典)→配置図(eventmesh)
  • しまのみるゆめ
  • 白川タクト
  • 書籍|A5
  • 64ページ
  • 600円
  • 1925年、混迷続く中国に初めて誕生した近代的士官学校•黄埔軍校。
    最愛の「兄」を守るため、一人故郷を離れ革命軍人となるべく入学した18歳の林彪を待っていたのは、過酷な訓練、共産党と国民党のイデオロギー闘争に戒厳令、周りは変な人ばかり! 血みどろ青春学園歴史小説!
    微BL

    以下本文より抜粋

    「すべての試験場で考試が終わったようです。その報告によれば第四期の入学者は、2654名。内訳は湖南省から844名、広東省から263名、四川省から202名、次いで湖北省から155名で……」

     先刻から蒋の隣に座った男が、流れるような口調で報告書の内容をまとめて述べている。それだけのことだというのに、ただ聞いているだけでなにか心地よい気持ちになってくる。だが黄埔軍校の校長である蒋介石[しょうかいせき]にはそれが逆に不快であった。

     蒋介石は車窓から広東省の省都・広州の街並みを見るともなく見ている。広州市は国民党による革命政府(国民政府)の膝元であるだけに、街の至るところに革命スローガンの垂れ幕が下がり、毎日のようにどこかで労働者や学生、婦人団体の集会が持たれていた。

    「それと、喜ばしい知らせです。ハルピン、遼寧、熱河、台湾から初の入学者を勝ち取りました。まだ少数ではありますが、これで孫中山先生が望まれた全国民的な……」

    「周君」

    「はい?」

     蒋介石は思わず隣の男、元黄埔軍校政治部主任で共産党広東区軍事委員である周恩来[しゅうおんらい]の報告をさえぎった。彼はまだ二十八歳だが、どこか老成した雰囲気をまとった美しい顔立ちの男だ。

     周恩来は、今は黄埔軍校の卒業生で構成される第一軍の政治部主任の仕事に重きを置いていて、学校には時々講演などに来るだけになっている。ちょうど明日がその講演予定日だったので、広州に来たついでに粤華路の共産党広東区委で彼を拾ってやった。

    「あの……校長、どうかなされましたか?」

     いつまでも先を続けない蒋に、遠慮がちに声をかけてくる。その少し困ったような表情も抑えた声音も、自分は一歩引き、相手を立たせているかのように見せるために申し分ないそれだ。

    「2千6百余もの入学者! 前回の2倍以上だな、実にすばらしい、それもこれも君達共産党のおかげだ……。で、いったいその中の何人が、いや何百人が君の手駒なのかね?」

     革命軍の将校を育てる士官学校を開校するにあたって、大総統の孫文は、どんな困難があろうと学生は全国から集めなくてはならないと厳命していた。確かに広東で人を集めるだけなら話しは早い。しかしそれでは革命軍は広東人の軍隊にすぎなくなる。それで全国の軍閥を平定し中国を統一したとしても、各地の民衆は南方から来たよそものに支配者が変わったとしか思わない。

     だが軍閥の支配する他の地域で、彼らを倒すための人材を育てる軍校の学生を集めるのは本当に困難だった。全国の国民党員たちに親族や知人の若者を紹介してもらった。また国民党と合作し、軍校の創設に協力した中国共産党は影響下にある全国の労働組合や学生団体に呼びかけ人を集めた。

    ……しかしいささか共産党員が増えすぎである。そして軍校における彼らの指導者は、校長である蒋介石ではなく、この隣の男なのだ。そして、ああ、自分と因縁深いあの第一期卒業生も、学生隊の連隊長として学校に戻ってくる予定だった……。それを考えると改めて頭が痛くなってくる。  

     だが隣の周恩来は、蒋の皮肉に動じた様子もなく、にっこり微笑んで答えた。

    「申し訳ありません、校長。四期の入学者の何名が共産党員なのか、正確な人数はまだ報告があがっていませんので申し上げることができません。明日までにまとめさせます。もしお望みでしたら、すでに党員になっている学生と今後入党を希望している学生の氏名も合わせて報告いたします」

     共産党学生の多くはその党籍を隠し、入学時に国民党へ入党して国民党員として振舞っている。それなのに、いきなり自分たちの手の内をすべてさらけだすかのような、いや、学生党員を丸ごと売り渡すかのような提案に、蒋介石は絶句してしまった。

    「校長は少しお疲れのようです。またいろいろと難しく考えていらっしゃるのですね? ……あなたの心労を和らげるためでしたら、私はなんでもします。……着いたようですよ、校長」

     車はいつの間にか珠(じゅ)江(こう)の船着場近くに止まっていた。ここから軍校がある黄埔島までは船で行かねばならない。

     亜熱帯の広州には冬というものが、いや、厳密には四季というものがない。二月の初めであったが、空気は体を優しく包み込むようなぬくもりに満ちている。陽射しも強烈すぎず、今が一番過ごしやすい時期かもしれない。

    「ああ……言い忘れていましたが、第四期には私の弟も入学するのですよ」

     ふいに思い出したように周が言った。君の弟? 蒋介石が聞き返すと周はうなずいて続ける。

    「ええ、少し泣き虫なところがあるのですが、素直でとてもかわいい弟なんです。どうぞ軍校で鍛えてやってください。校長のお好きなように」

     広州の陽射しはあいかわらず暖かく優しい。その中で母親が子供に向けるような慈愛の笑みを浮かべる周の姿は、軍服という無粋なものを着ているにもかかわらず、一枚の絵画のように一分の隙もなく美しかった。そして蒋介石はその光景に恐ろしい寒気を感じたのだった。





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