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わだつみの姫 奥州藤原氏〜安倍宗任の娘〜

  • イ-01 (小説|イーハトーブ)→配置図(eventmesh)
  • わだつみのひめ おうしゅうふじわらし あべのむねとうのむすめ
  • ひなたまり
  • 書籍|文庫判(A6)
  • 276ページ
  • 800円
  • 2015/10/25(日)発行
  • 時は平安時代後期。前九年合戦で敗れ、筑前大島に流された安倍宗任。宗任の娘・那津(なつ)は大島で生まれのびのびと育っていた。13歳の夏、那津は従兄の藤原清衡に呼ばれ平泉へと旅立つ。
    後に奥州藤原氏第二代当主・藤原基衡の妻となる宗任女の生涯を描いた長編小説。フルカラーカバー付き。


     【本文サンプル】


    1 遥かなる故郷

    「ふぅ……」

    水無月(みなづき)になり、数日が経った。照りつける日差しはじりじりと強く、肌が焼けるように痛い。ついこの間までは、島に吹き渡る風は涼やかだったというのに。

    那津(なつ)は、首筋に滲む汗を袖口で拭って息を吐いた。一息入れようと、山道の岩に腰を下ろす。

    山道の傍に繁るネムノキの花が愛らしく、那津は顔をほころばせた。菜入りの握り飯をかじり、竹筒に入れた水を飲むと、疲れた体に再び気合いが湧いてくる。

    今日は朝から澄みきった空が広がり、雲ひとつない。こんな日は、大島の中央にそびえる御嶽山(みたけさん)の頂から沖ノ島(おきのしま)を遥拝することが出来るのだ。

    那津(なつ)は大島で暮らす、十三歳の少女だ。大島は筑紫(つくし)の国・宗像(むなかた)の湊(みなと)から十里ほど離れた沖に浮かぶ小さな島である。

    細い山道を登り山の頂上にたどり着くと、那津は白い歯を見せて笑った。

    「うわぁ……。やっぱりここからの眺めは最高だわ」

    那津は歓声をあげた。小指の爪先ほどの大きさだが、沖ノ島が見えたのだ。

    沖ノ島は、大島よりさらに北に百里ほどの距離にある島で、宗像三女神の長女・田心姫神(たごりひめのかみ)が祀られる神域である。古代より神の島と崇められ、二百年ほど前までは沖ノ島で盛んに祭祀が行われ、金の指輪や銅鏡、勾玉に機織り機などを奉納していたらしい。

    那津が暮らす大島に鎮座する中津宮(なかつみや)には次女・湍津姫神(たぎつひめのかみ)、本土宗像辺津宮(へつみや)には三女・市杵島姫神(いちきしまひめのかみ)が祀られている。

    西の沖合には、博多津へ向かうであろう大船が見える。大陸へ渡る朝廷の遣いが絶って二百年以上が経とうとしているが、私的な交易は今なお盛んで、博多津は宋との交易で栄える大都市なのだ。

    博多津から都へ交易の品々を運ぶ船が、大島に立ち寄る。大島の湊にはこの国の船だけではなく、赤い異国の船もたくさん繋留されており、人夫たちの唐(から)ことばがにぎやかに響く。宋の銭や絹織物、絵画や書籍、硯など、異国の品々を前に取引をする男たちの声が楽しげだ。

    湊には干された魚や貝の濃い潮の香りが漂い、炊き屋で人夫や水夫たちに振る舞われる粥はねっとりと重たげで美味そうだ。女たちはキビキビと働き、湊は活気に満ちていた。

    宗像三女神は、水夫や商人たちの崇拝を一身に集めていた。女神たちは海の神であり、航海を司る神である。女神たちの守りによって、船は無事に湊にたどり着けるのだ。

    女神はまた、那津のような島の少女たちにとっても憧れの存在であった。

    大島の北には馬の蹄の形をした大きな岩があり、馬蹄岩(ばていいわ)と呼ばれている。馬蹄岩は神代の昔、田心姫神が馬に乗って沖ノ島へ飛び渡ったときにできた馬の足跡だと伝えられている。那津はいつも馬上の田心姫神を思い浮かべ、うっとりするのだ。

    その田心姫神がいます沖ノ島は聖なる島で、限られた神官しか立ち入ることを許されない、女人禁制の掟ある閉ざされた島である。だからこうして、大島から遥拝するよりほかはないのだ。

    沖ノ島に向かって遥拝すると、那津はぐるりと目の前の風景を見渡した。

    御嶽山の頂からは、筑紫の山々が全て見渡せる。さらに西は壱岐、西南は唐津、北東は長門の角島まで見えるのだ。

    那津は、両手をうんと広げて伸びをした。火照った肌に海渡りの潮風が心地よい。ここに立つと、筑紫の王になったような気持ちに浸れるのだ。

    先年亡くなった那津の父は、大島の頭領であった安倍宗任である。宗任は、四十数年前、陸奥で反乱を起こし滅びた豪族・安倍一族の生き残りであった。

    陸奥国奥六郡を有する安倍氏は、産金と交易で栄えた東北随一の豪族であったという。莫大な富と兵を有していたが、その豊かさを欲しがった当時の陸奥守に謀叛の疑いをかけられ戦となり、ついに敗れた。

    一族は滅びたが、宗任は生き延びた。伊予に流され、かの地で力を蓄え反乱の兆しがあると朝廷に睨まれ、さらに筑紫の大島に流された。

    大島に流罪とはいえ、島での宗任の生活は自由で、交易の才を筑紫の豪族・宗像氏に買われ、宗像一族の娘を娶り、ついには大島の頭領としてこの地を治めるまでになった。宗任が老境にさしかかる頃、那津が生まれた。

    (陸奥の戦がなかったら、父上が戦に敗れなかったら、ううん、この島に流されなかったら、私は生まれなかったんだ。何か不思議な気持ちだわ)

    那津は残りの菜入り握り飯を噛みしめながら、亡き父に思いを馳せた。

    宗任は、老いてから生まれた娘の那津をたいそう可愛がった。那津は宗任から陸奥の昔語りをたくさん聞かされたものだ。

    豊かな北上川の周りには広大な水田が開かれ、秋には金色の稲穂を揺らめかせる。それはまるで黄金の海のようだ。衣川の街は宋との交易で活気づき、民はみな豊かに暮らしていた。冬は雪で閉ざされ、那津の背丈ほどの雪が積もることもあるという。

    そして、山々が生み出す金。金の輝きは陸奥そのものだった。

    戦士たちは皆屈強で、武家の名門である源氏を相手に勇猛に戦ったのだと、宗任は誇りかに語っていた。

    宗任の昔語りは、幼い那津にはよく理解できなかった。狭い大島には、水田はほんの少ししかなく、海のような金色の稲穂など想像がつかなかった。ましてや、積もる雪など考えられない。大島は暖かな風に包まれているから、たとえ雪が降ったとしてもちらつく程度で積もることはないのだ。

    しかし、安倍の戦士たちの強さはなんとなく理解できた。父・宗任は老いてなお逞しく、武芸に励み、幼い那津に剣や弓、馬を仕込んだ。お前は筋が良いと、父が目を細めて褒めてくれたのを、那津は今でも覚えている。父に褒められるのが嬉しくて、那津は必死で稽古に励んだ。

    那津の武芸の技はどんどん磨かれ、今では大島の少年の中で那津の剣に敵うものはなく、弓においては大人顔負けであった。馬で島の丘陵を駆け上がるのも得意なのだ。

    これでは嫁の貰い手がないと、兄の宗良は嘆いているが。

    日はさらに高くなり、那津に照りつける。今日も暑い一日になるのだろう。

    「そろそろ帰らないと、兄上に怒られちゃうな」

    那津は指についた米粒をペロリと舐めると、スクッと立ち上がり尻の土を払った。

    凪いだ海には、楽しげに交易船が浮かぶ。

    私もいつか、船に乗りこの島を出たい。大島の暮らしはのんびりとして好きだけれど、この島の誰かと夫婦になり、子を生み育て、老いて死んでいく。それを考えただけで、気持ちが暗くなってしまう。

    私は広い世界を見てみたいのだ。大勢の人と出会い、書を読み、私はたくさん学びたい。私の知らぬ何かが、私を待っているような気がする。

    大島を出た次兄や三兄と違い、それを女の私が望むことはできないだろう。しかし、願うのは自由だ。

    いっそこの身が鳥になり、自由に羽ばたけるといいのに!

    那津は再び沖ノ島に遥拝し、山道を下った。

     


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