戦争が終わり、生まれ育った町へ帰ったとき、最も衝撃だったのは、家の裏庭にあった、三本のプラムの樹がすべて枯れていたことだった。それらは私たち兄弟が生まれた日に植えられた、バースデーツリーだった。
私は半ば倒壊した家のなかを歩きまわり、壁にピン留めされた何枚かの家族写真を回収した。他にも思い出深い品はいくつかあったが、荷物を増やすのはよくないと思い、写真以外には何も持たずに家を出た。東部戦線に近かったこの町は、戦争が始まって間もなく住人が退去した。踏み荒らされた畑に作物は一つもなく、噴水の水は涸れ、行きつけだったパン屋は、屋根が落ちて竈が白日の下にさらされていた。ブーツの底で砂利を踏みしめ歩く音が、やけに大きく響いた。私以外の人の気配はしなかった。それはここが、もはや町と呼べる場所ではないということを意味していた。
故郷を捨てて、どこか遠くへ行きたい、と思うのはおかしいだろうか。私にとって故郷とは、家族がいる場所だった。だが家族はもうこの世に存在しなかったし、兄と弟の分身であった、あのプラムの樹も枯れてしまっていた。私は平和の地を探していた。あまりにも長い間、銃弾や砲弾の音、思い出すのもぞっとする臭いや、冷たい雨にさらされ続けたからだ。殿方にとって結婚とは、財産のおまけに姫君がついてくるという程度のものなのである。まさに殿方に嫁ぐために船旅の途上にある、十四歳のレア・オルバ姫は、母上からそのように教わっていた。
ずっしりと重たい衣装に身をつつんだ姫は、甲板に立ち、何羽もの海鳥が上空を旋回する様子を眺めていた。陽光のまぶしさに目を細めると、顔にさっと影が差した。房がいくつも垂れ下がった、豪奢な日傘が視界に入る。姫は傘を支える手元を見た。
「ノラ。鳥が増えたようだけど」
「ええ、姫さま。陸が近いのです。明日にはシル河に入るそうですよ」
そう、と姫は答えた。
「姉妹のなかでは私が一番遠い国。つまり、父上にとっては一番どうでもいい国ね。もう二度と、父上と母上には会えないのかも」
「恋しいですか?」
「そうね、少しは」
海鳥が一羽おりてきて、甲板の手すりに止まった。そのまま羽づくろいをしはじめる。姫はゆっくりと歩を進め、手すりに手をかけた。ノラが日傘を掲げてつづいた。
「アラハマ王国は温暖で美しい国だと聞きます。エストラントでは見られない花々や果物もたくさんあるそうで……。きっと姫さまも気に入りますよ」
「そう。温かいのはいいことだわ」
ぼくがその少女と出会ったのは、自らつくった幾編かの詩が仲間うちで酷評され、やけになって何軒もの酒場を渡り歩いたあとだった。ぼくはふらふらと歩いているうちに、飲み屋街から逸れた、見知らぬ路地裏に迷い込み、石畳の上にうつ伏せになって眠り込んでしまった。目を覚ましたとき、あたりがあまりにも暗かったので、家の寝台に横になっているのだと思った。人間の帰巣本能というものは、なかなか捨てたものではないらしい。そう思った矢先だ。あのう、という声がした。
首を動かし、声がしたほうを見ると、色とりどりのランプが下がった店先に、少女が小さなカウンターを構えていた。カウンターの上では、いくつもの炎が、等間隔に並べられ、浮かんでいるように見えた。それらが少女の豊かな巻き毛と、大きな瞳をぼんやりと照らしだしていた。ぼくは興味を惹かれて起き上がると、カウンターのそばへ寄った。少女が微笑みかけた。
「炎はいかがですか」
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