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ベアトーシャの朝星

  • C-32 (小説|ファンタジー・幻想文学)
  • べあとーしゃのあさぼし
  • 藍間真珠
  • 書籍|文庫判(A6)
  • 70ページ
  • 500円
  • https://www.pixiv.net/novel/s…
  • 2023/11/11(土)発行
  • 人間は大きく二つに分類される。使役する者、される者。ジルは、物心ついてからずっと後者だった。
    虐げられていた少年ジルは、技使いベアトーシャに拾われ、救われる。だがそろそろ独り立ちせよとの暗黙の声を前に、立ちすくんでいて……。

    異能者たちの生き様を描く、シビアで温かなファンタジー中編。

    サンプル→ https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=20921300


    冒頭

     人間は大きく二つに分類される。使役する者とされる者。ジルは、物心ついてからずっと後者だった。 「お食事中のところ、すみません」
     不意に背後から聞こえてきたのは、低い男の声だった。朝食の手を止めたジルは、隣の師――ベアトーシャへと一瞥をくれ、ついで肩越しに振り返る。そのまま視線を上げれば、予想通りの厳つい顔が、かろうじて笑みと言える形を保っていた。こうやってジルたちに話しかけてくる人のほとんどは、大抵どこか苦い顔をしている。そうして濁った『気』を纏っている。毎度のことだ。
    「技使い殿、ですね?」
     一呼吸置いた男は、上体を少し傾けつつそう続けた。ジルはそんな男の様子をひっそりと観察する。年は四十は越えているだろうが、それ以上はジルには判断がつかない。身なりからすると裕福そうだから、それなりの立場にいる人間だろう。何にせよ、技使いを探し求めてきたには違いないだろうに。ベアトーシャを見る視線には、疑るような色があった。
    「なんだい、朝っぱらから仰々しい」
     そこでようやくベアトーシャが振り向いた。いつも通り黒衣に身を包んだベアトーシャは、ぱっと見ただけでは二十代と区別がつかない。そんな女がジルのような子どもを連れているのは、実に頼りなく見えるものらしい。これはあくまでベアトーシャの推測だが、ジルも大体は合っていると思う。だからこうして何かを頼み込もうとする男たちの顔は、総じて曇りがちなのだと。
    「申し訳ありません。少々お時間をいただいても?」
    「駄目だと言っても話をするつもりだろう? まだ人のいない時間だ。用件があるなら、とっととすませて欲しいところだね」
     形ばかり下手に出ている男に向かって、ベアトーシャはそう言い放った。その声にはわかりやすく棘がある。食事を中断されると、ベアトーシャはいつもこうだ。
     男がぐっと何かを飲み込む様子を尻目に、ジルは先行きに不安を覚えた。大人が喧嘩をする様は、何度見たって気持ちのよいものではない。怒鳴り声も嫌いだ。このまま口論にならなければよいのだが。
    「――この村を、魔物から救って欲しい」
    「というと?」
     たっぷり間を取ってからそう話し出した男へと、ベアトーシャは気のない声を返す。魔物絡みとなると大体はこんな反応であった。ジルの知る限り、ベアトーシャは魔物を相手取るのを極度に嫌っている。もっとも、大抵の技使いはそうだというから、それだけ魔物という存在は厄介なのだろう。
    「山間にある小屋に、魔物が住み着いてしまった。この夏のことだ。そいつを退治してほしい」
     男はそう付言する。ジルは少しばかり眉をひそめる。今まで聞いたことのある魔物絡みの話とは、何かが違うような気がした。そうだ、魔物がどこかに定住するだなんて、珍しいことのように思える。
    「小屋に住み着いただけの魔物を?」
     案の定、ベアトーシャも訝った。やはり少々変な依頼なのだ。魔物についてはよくわかっていないことの方が多いが、人間のようには衣食住を必要とはしないらしい。水や炎、風を操れるという点では技使いと似ているが、やはり魔なる生き物なのだ。
    「定期的に金銭や食べ物を要求してくるんだ」
     男は気色ばむのを堪えているように見えた。もしかしたら、侮られていると感じたのかもしれない。ベアトーシャは誰に対しても似たような態度だから、そういうつもりなどないのだろうが。ここが諍いを生みやすい理由にもなっている。
    「それ、本当に魔物かい?」
     ベアトーシャは再度首を捻った。確かに、魔物が金品を求めるという話も、これまで聞いたことがなかった。ジルが知る限りではあるが、大抵の魔族は何故か暴れ回っては村を燃やしたり、人を襲って殺したりしていることが多い。小屋に住み着いたのが本当に魔物なら、今この村は存在していないに違いなかった。
    「あんな真っ青な髪の人間がいるわけないだろうっ」
     と、男は耐えかねたように少しばかり語気を荒げた。きっと疑られたのが気に食わなかったに違いない。男が放つ『気』にも、そんな色が滲み出ていた。
    「真っ青な髪の魔物ねぇ」
     けれどもベアトーシャに動じる気配はなかった。足を組み替えて、あからさまに疑問の声を上げたくらいだ。一方ジルの方は、少々驚いてしまった。とはいえ、男の怒声のためではない。その魔物は人間とよく似た容姿であると、そう言っているも同然だったからだ。
     魔物は大抵獣のような姿をとっているが、稀に人のような姿をとるものがいる。そういう魔物の方が強いらしいというのは、ベアトーシャから聞いたことがあった。
    「で、報酬は?」
     ベアトーシャはもうこの男から詳しい情報を引き出すのを諦めたようだ。どこか投げやりな声で本題に入れば、男は懐に手を入れる。
    「前金はこれだ」
     どんと勢いよくテーブルの上に置かれたのは、重たげな革袋であった。途端、ベアトーシャの目の色が変わった。音だけで金額を察するのは、ベアトーシャの特技である。これはどうやら引き受けることになりそうだ。
     流れの技使いとして生きていくのには金がいる。それはことあるごとにベアトーシャが口にしている話だった。稼いだ大金のほとんどは武器や防具の類いに消えていくのが普通らしい。ベアトーシャの場合は黒いマントがそれにあたる。多少の技ならば無効にできるそれは、寒暖の差にも強いのだとか。
     ジルのシャツやズボン、マントはそうした衣服ではなかったが、腰から提げた短剣だけが上等な物の内に入る。しかし武具の扱いについては教えを受けたわけではないので、いざという時に使えるかどうかは自信がなかった。それでも短剣を肌身離さず持ち歩くようにと、きつく言われているからマントの内にぶら下げている。
    「わかりました。承りましょう」
     革袋へと手を伸ばしたベアトーシャは、依頼人向けのかしこまった声を出し、妖艶に微笑んだ。ジルは冷めかけた朝食へとちらと視線をくれ、唇を引き結んだ。



     面倒な依頼を成功させる秘訣は、念入りな下準備だ。そうベアトーシャが説いていたのは、いつのことだったろう。
     朝訪ねてきた男――やはりこのアルア村の村長らしい――の依頼を引き受けることにしたベアトーシャは、今回もジルを宿に置き去りにして、聞き込みに出かけてしまった。一人時間を持て余すことになったジルは、仕方なくまた一階の食堂で過ごすことになる。
     そろそろ十三歳になるジルであるが、見た目だけでは十にも満たない子どもだ。そんな子どもを引き連れていると、情報収集もままならないらしい。そのせいなのか聞き込みに連れて行ってもらえないジルは、大抵こうした場所で自分なりの準備をすることになる。何も知らないまま現場に連れて行かれるような事態は、できれば避けたいところだ。
     ――いや、ある意味ではそれも一つの試練のつもりなのかもしれない。
     ジルが生まれ育ったカルカンタ村では、十三と言えば成人の儀が行われる年だ。いくら見た目が幼くとも、そろそろ独り立ちを促される時期である。実際、ベアトーシャの言葉の端々からも、その意思は感じ取れた。「よく考えろ」「自分で判断しろ」だなどと、言われない日はないくらいである。
     厳しくされる理由もわかる。流れの技使いとして生きていくことに、どれだけの苦労が伴うのか。傍で見ていても感じ取れるくらいなのだ。それが今のジルにできるとは思えないが。しかしいつまでも甘えているわけにはいかなかった。拾ってもらった恩をいつか返すという目標のためにも、このままではいられない。



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