こちらのアイテムは2022/4/17(日)開催・第四回文学フリマ広島にて入手できます。
くわしくは第四回文学フリマ広島公式Webサイトをご覧ください。(入場無料!)

星空に窒息

  • え-19 (小説|郷土)
  • ほしぞらにちっそく
  • 小野木のあ
  • 書籍|文庫判(A6)
  • 64ページ
  • 500円
  • 2021/11/23(火)発行
  • ■「星空に窒息」
     小説(短編):小野木のあ
    ・星空に窒息
    ・風船の頃
    ・暗闇偏愛日記
    ・自販機蹴とばして夏
    ・旅客機が腹見せ飛んで行く
     短歌:小野木のあ
     自由律俳句:小野木のあ
     表紙イラスト:小野木のあ

       *

    「自販機蹴とばして夏」

     なにもかも、最低だった。
     夢を抱いて上京してから4度目の春、私は実家に出戻った。  22歳。夢も希望も仕事もない。やりたいことなど何もない。息をするのも面倒くさい。時間が過ぎていくのをじっと待つだけの毎日だった。実家に戻ってから一ヶ月の間、私はほとんど自分の部屋から出ず、眠ってばかりいた。
     その日は昼過ぎに一度目を覚まし、布団から出てコタツに移動した。家族は仕事や学校に出かけていて、家には私と猫だけだった。私に気付いて近寄ってきた猫を抱きかかえて、そのままコタツに潜り込んだ。猫を撫でている時だけは、気持ちが和らいだ。  そのままコタツの中でうとうとしていると、チャイムの音で目が覚めた。一度は無視したけれど二度目のチャイムで起き上がり、寝間着のまま玄関の戸を開けたがそこにはもう誰もいなかった。起こされた猫はコタツから走り去って行った。まだ眠かったけれど、もう一度コタツに戻る気持ちにはなれなくて、仕方なく着替えて外に出た。
     実家は山を削って作られた高台の分譲地にあった。その住宅地を抜けて、畑道をなんとなく舗装しました、といった感じの細い坂道を登っていく。畑の真ん中にある道の途中には、ぽつりぽつりと民家が並んでいる。黙々と歩いていると、右手にある古い一軒家の玄関口に立っている女の子と目が合った。女の子は私に向かって「こんにちは」と叫び、満面の笑みで手を振った。仕方なく私も「こんにちは」と口を動かし笑顔を作った。両頬の筋肉が引き攣る不快な感触がした。私は女の子の視線から逃げるようにして歩くスピードを上げた。  久しぶりに歩く外は、ずいぶん暖かくなっていた。私が眠っている間に春は終わってしまったようだった。風にはまだ冷たさが残っているけれど、青天の日差しは初夏のそれだった。
     細い坂道を登り切り、県道に出てからもひたすら坂道を登っていくと、運動公園の看板が見えた。公園の中にある陸上競技用のトラックは、中学生の頃まではよく部活で使っていた場所だった。小規模なアスレチックやキャンプ設備もあって、それぞれに思い出がない事もないけれど、特別な思い入れはなかった。学校行事や部活については思い出したい記憶など一つもない。しかし喉が渇いていた私は、自動販売機を探すためにその運動公園に足を踏み入れた。    運動公園は無人だった。一台も車の停まっていない駐車場を突っ切り自動販売機の前にたどり着くと、ポケットから財布を取り出す。久しぶりに開いた財布には、レシートが何枚かと千円札が一枚入っているきりだった。この千円札は誰の金だろう、と考えながら自動販売機に入れる。バイト代の残りか。親に貰ったものか。思い出せないまま缶コーヒーのボタンを押す。ガコン、音とともに缶コーヒーが落ちてくる。取り出そうとして屈みこむと、もう一度ガコン。取り出し口を覗くと、コーヒーと一緒にミルクティーも落ちてきていた。仕方なく二つとも取り出す。立ち上がってお釣りのレバーを押すが、反応がなかった。連続で押し続けていると、自動販売機は一瞬光ってまた暗くなり、そしてそのまま沈黙した。
    問)千円を支払い、百二十円のコーヒーを買いました。買っていないミルクティーを押し付けられ、お釣りはもらえませんでした。さて、このような場合は、どう対処すれば良いのでしょうか。
     私は蹴った。自動販売機を。
     右足で思い切り蹴りつけた自動販売機はドン、と音を立てて振動した。数秒の沈黙の後にチャリンと軽やかな音がして、返却口に百円玉が落ちてきた。真っ黒な汚れがこびり付いた百円玉だった。もう一度蹴ると、チャリンチャリンがしばらく続き、やがて静かになった。返却口にたまった小銭を数えずに掴み、財布に入れた。大量の小銭のせいで変な形になった財布を右のポケットにねじ込み、右手にコーヒー、左手にミルクティーを持ってグラウンドの方へ歩き出した。
     トラックが見える位置まで来ると、手入れの行き届いていない芝生の上に腰を下ろした。缶コーヒーのプルタブを引くと、かしゅ、と気持ちのいい音が響く。  缶コーヒーを飲むと、私はいつも「缶に入れる前は美味しかったんだろうな」と思う。その時もそう思って、私は「自分には缶コーヒーを飲むといつも思うことがある」ということを思い出した。日常が戻ってくる気配を感じた。
     つまらないな、と思った。本当はもう少し、眠っていたかった。しかし、どうやらそれは終わってしまったようだった。
    < 「星空に窒息」に続く >

ログインしませんか?

「気になる!」ボタンをクリックすると気になる出店者を記録できます。
「気になる!」ボタンを使えるようにするにはログインしてください。

同じ出店者のアイテムもどうぞ

非日常のデッサン雪うまれ、真夜中そだち六月の花嫁やわらかな水きょうのご機嫌いかが電車にゆられてよくある質問と君だけの正解春と、パリの回想記憶は雨のようにほろ酔い帰路でしか言えないから星空に窒息カフェ・マリオネッタ

「気になる!」集計データをもとに表示しています。