こちらのアイテムは2019/10/20(日)開催・第五回文学フリマ福岡にて入手できます。
くわしくは第五回文学フリマ福岡公式Webサイトをご覧ください。(入場無料!)

今はまだ名前がない

  • え-16 (小説|短編・掌編・ショートショート)
  • いまはまだなまえがない
  • ゆとり
  • 書籍|B6
  • 82ページ
  • 500円



  • 小説投稿サイトなどで書き貯めてきた短編小説と詩を20本前後収録できればと思います。制作中です。


    内容は、日常の中で少し不思議なことが起こるファンタジーです。

    以下、その中の1本の途中までのサンプルになります。(まだ不思議が起こらないところまでですが…)
    制作中のため内容が変わることがあります。



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    人を嫌うことですら誰かに許されたい

    /ゆとり


     クラスメイトの紺野唯奈が嫌いだ。
     紺野は以前から素行が悪いことで高校の教師にも目を付けられて、友達もあまり居ないようだった。私は関わりを避けてきて、今まで平穏無事に過ごしてきた。だけどあの日、あいつは大勢の前で私に恥をかかせた。

    「おい!」
    「えっ」

     下駄箱から靴を取り出そうとして、呼び止められてびくりとなる。

    「佐藤、お前掃除当番サボる気だろ」

     下校時刻、生徒玄関にはたくさんの生徒がいる。生徒は何事かとざわざわし始める。

    「何か用事があるのか?」

     さらに問い詰められ、佐藤の額に冷や汗が滲む。佐藤は口をパクパクして何も言い返せなかった。言えない、こんなに大勢に見つめられてる中で、好きなアニメのディスクの発売日だから早く帰りたかったなんて。

    「何も無いなら今日はちゃんとやってくれ」

     紺野はふいっと教室に帰って行く。周りからはひそひそと囁き声が聞こえる。その言葉の一片が佐藤の耳に届く。佐藤さん、サボりとかするんだ……。
     ああ、ああ、私が築いてきた信用がこんなつまらないことで崩れていく。しかも紺野は掃除こそサボらないものの、遅刻の常習犯で何度も授業をサボっているのに。そんなやつに叱られて、私は……。
     紺野の長いストレートの髪がなびきながら遠ざかるのを見ながら、佐藤の胸にふつふつと怒りが込み上げていた。

     帰宅して佐藤は制服のままベッドに突っ伏して悔しさで泣いていた。
     明日からみんなの私を見る目が変わるだろう。掃除をサボったことなんてほとんどないのに、今日のことでみんなわたしをサボり魔だと思うだろう。真面目だという印象も変わってしまうだろう。教師の耳にも入るかもしれない。内申にも響くかもしれない。酷い。紺野唯奈。あんなやつ大嫌いだ。報復したい。罰が当たってほしい。

     カタンと制服のポケットからスマートフォンが床に転がる。佐藤は泣き腫らした目のまま、SNSを開いた。このSNSは知らない者同士が好き勝手に発信したいことを投稿し、閲覧することができる。たまに誰かの琴線にふれると LIKE! などのボタンを押して貰えたり、コメントを貰えたりする。そんな反応が嬉しくて、佐藤もハマっている。
     誰かに今の気持ちを吐き出したい。知らない人であればあるほどいい。佐藤は衝動的に今日のことを綴った。


     クラスの女子に嫌がらせをされました。その女子は自分は普段人の迷惑になることばかりしているのに、偶然今日に限って私が起こしてしまった失態を大勢いる場所で責めて、私を悪者に仕立て上げました。私も悪いところがありますが、このように自分を棚に上げて印象操作をして他人を貶めるようなことをする人がいるのは何故でしょう。悲しいです。 皆さんはどう思いますか?


     この投稿は、たまたま流行の社会の話題と合致していたのか、バズった。
     一万人が LIKE! のボタンを押し、広められ、いくつもの共感のコメントが寄せられた。
     佐藤は自分が肯定され、紺野は否定され、紺野を嫌うことが許された。そう感じた。
     その後も佐藤は紺野の許しがたいところをSNSでアップした。その中には万引きをしている疑惑がある、カンニングの証拠を見たなど、真偽があやふやなものも織り交ぜた。反応は上々だった。

     そして数日経ち、佐藤はまた紺野と同じ掃除当番になった。佐藤は極力無視を決め込むことにした。こんな低俗な人間と話をしてやる必要は無い。だって一万人がそう言っている。

    「なあ、佐藤」
    「ひゃいっ!」

     無視をする心づもりだったものの、まさか本当に話しかけられるとは思わず、佐藤は条件反射で返事をしてしまった。

    「この間は悪かったな。あの日は姉ちゃんの出産の日でさ、どうしても早く掃除を終わらせて病院に行きかったんだ」
    「えっ、あっ、そうなの……」

     あなたもサボればよかったんじゃないですか? いつも授業をサボっているみたいに。佐藤はそんな言葉が喉元まで出かかって、すんでのところで飲み込んだ。

    「姉ちゃん子供の父親に逃げられてさ、うちは父親も母親もちょっと……優しくなくて。一人は心細いだろうと思ったから、一緒に居てあげたかったんだ」

     紺野の姉は家を追い出されていて、そんな姉を手助けするために紺野は学校が終わった後アルバイトを掛け持ちしていた。家の仕事も全て任され、終わらないと家から出して貰えず、授業に出席できないことも多いとのことだった。
     佐藤は面食らった。これでは、こんな不遇な人間に制裁をくわえようとするのは、まるで悪者は――

    「な、何でそんなことを私に話したの……」

     紺野はちょっと考えた。

    「さあ……? でも結果的に話を聞いてくれて嬉しかったよ。ありがとな」

     掃除が終わり、紺野はアルバイトに向かった。佐藤のポケットのスマートフォンが震える。SNSに新しいコメントが届いた通知だ。
     佐藤は放心したままSNSを開く。昨日綴った紺野のことについての投稿にコメントが付いていた。


     許せません…お気持ちわかります。ご自愛なさってください…

     わかる~こういう他人に全く配慮しないのいるよね。〇ねばいいのにw

     元気を出してください。そんな人は今に社会から罰を受けます。社会はそんなに甘くありません。


     佐藤は汗だくになりながら震える指でそのコメントひとつひとつを全て読んだ。
     そしてその後、今日も紺野から嫌がらせを受けたと嘘を綴って投稿した。
     この投稿もきっとたくさんの反応が来るだろう。佐藤は汗だくのまま笑った。


    つづく




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