こちらのアイテムは2026/11/8(日)開催・文学フリマ東京43にて入手できます。
くわしくは文学フリマ東京43公式Webサイトをご覧ください。

西地区警備署事件録 year of the snake

  • 南3-4ホール | け-17 (小説|SF)
  • にしちくけいびしょじけんろく いやーおぶすねいく
  • かわかみ
  • 書籍|新書判
  • 90ページ
  • 700円
  • https://ncode.syosetu.com/n03…
  • 2026/11/8(日)発行
  • 2025年に発表した西地区警備署事件録の作品に加筆修正をしたもののまとめ本です。11話の季節の掌編+四季擬人化たちの書下ろし短文が掲載されたショートショート短編集になります。

    少し不思議なシチュエーションを中心に、くすっと笑える話や元気が出るお話など、シュールコメディの中に温かな人間関係を散りばめた掌編ばかりなので、気持ちをウォームアップしたい方にぜひおすすめしたい作品です。

    新書サイズ/90P/本文4万字程度(8千字ほど加筆)、書下ろしあり

    しおりのノベルティあり/イベント価格700

    ===

    暦の上で彩る季節


     この日、10月にもかかわらず特区は冷たく冴えわたっていた。透明度の高い空気が身体にまとわりつき、西地区警備署署員のいばら野梨子は思わず首をすくめる。鼻先には枯れ葉が湿ったような冬の香りが突き付けられ、まるで冬が訪れたようである。

     今日はやけに寒いな……、と思いながら警備署へと出勤する。詰め所では当直の署員が引き継ぎの準備をしており、いばら署員は頬の赤さを指摘された。

    「外は冬みたいよ。今日の帰りは寒いから暖かくして帰ってね」

     職員とそのような言葉を交わしながら、いばら署員はふとカレンダーを見た。本日は10月3日。特区ではCOMIC SHOWER WEBオンリーが行われるため、西地区警備署はイベント警備に駆り出される予定である。昼間に状況がどうなるかはわからないが、この調子だと防寒用のジャケットを用意して仕事に取り掛かることになりそうだった。

     いばら署員はそのカレンダーを見て違和感を覚えた。なんだろう、何か足りないような。ベテランの署員はカレンダーを隅々まで注視してその引っかかりの原因を探る。警備署員になってから十年が経つ。経験を積んで蓄積された勘は数多くのいばら署員の窮地を救ってきた武器のようなものだ。今日もその〝警備署員の勘〟がいばら署員に異変を告げていた。

     数分、間違い探しをするようにカレンダーを眺め、いばら署員はとうとう不調和の元を発見した。カレンダーをよく見ると10月のページではなかったのである。大きな10から0が消えて1になっている。カレンダーのページが1月になっていたのだ。

     誰がこんないたずらを……といばら署員がカレンダーに近づき捲る。

     ──いえ、1月じゃないわ。

     暦の次のページは11月だった。ならば、捲ったページは10月のページだろう。しかしながら、紙の上からは0がなくなっている。つまりは、10月の0がどこかに行き、1月になったために、特区は1月になってしまったらしい。どうりで寒いわけだ。

     音をたてないようにいばら署員は自分が入ってきた警備署のドアを閉めた。もしかしたら、まだ0は署内にいるかもしれない。それが外に逃げ出したら探すのは一苦労だろう。

     本日の捜索はカレンダーから消えた0を探すことになるに違いない。久しぶりの難解な事件だわ、と唸るいばら署員であった。

     ***

    「10月の0がなくなった。つまり、今は1月というわけですか?」

     どうりで私が呼ばれたわけですね、と雪だるま頭の男が頷いた。彼は季節を司る怪異〝冬〟である。1月は冬の眷属だ。1月が来れば冬が現れたのも同じ。つまり、暦が冬を呼んでしまったために、朝の特区には寒さが運ばれてきたということだ。

    「こんなに早く来なくてもいいんですよ」

     特区の住人たちはまだ秋晴れを楽しみたいですからね、といばら署員が付け足して冬に言った。

    「こちらだって困ります。今年は季節を順当に回せそうだったんです。私が早く来たら冬と秋のバランスが崩れてしまいますからね。まったく、特区の怪異には困ったものですな」

     冬が太い眉を吊り上げてぷんぷん怒り、警備署内は五度ほど気温が低下した。いばら署員の鼻に鼻水が滲む。

    「まあまあ、仕方ないじゃん~。特区あってこその怪異でしょ? そんなこともあるって~」

     いばら署員と冬の間に入って仲裁したのは金髪のギャルだった。この少女は〝秋〟を司る怪異。彼女がけらけら笑ったことで、寒かった警備署内は少しだけ秋の暖かさを取り戻した。

    「もー、10月だし冬になっても良いんじゃない?」 

    「こら、秋の職務を放棄するな」

     冗談でも秋をスキップするのはやめて欲しい、といばら署員は思う。猛暑の夏、極寒の冬。それぞれの間に過ごしやすい期間というクッションがないと、この頃は三十路の身体が持たないのだ。体調に気を配らなくてもいいというプレッシャーの解放という観点から、穏やかな季節は人間に必要な環境であると言える。

     秋と冬の掛け合いを見つつ、10月を取り戻すために策を講じなければなりません、といばら署員は言った。

     既に0の捜索は始まっている。いばら署員の気づかいは無用だったようで、0は警備署からは脱走していたらしい。捜査網は特区に広がっていた。

    「とりま協力するよ! 警備署員さんは何かしてほしいことある?」

     秋の発言にいばら署員は頷いた。

    「まずは、冬はその雪だるまの丸い頭を生かして、ひとまず1の隣にいてください。

    そうすれば仮の10月が出来上がり寒さが和らぐはずです」

     冬が海苔のような眉毛を片方だけ吊り上げて怪訝そうな顔をする。その雪だるまが口を開くよりも先に、秋が笑いながら「私は漢字の十」と手でクロスを作った。

     太陽のような愛らしい笑顔のおかげで、警備署内は少しだけ秋の陽気を取り戻していた。

     ***

     さて、季節達が10月の0を誤魔化している間に、0をどうにかして取り戻さなければならない。カレンダーの上に乗った小さな0を探すという事で捜査は難航するかと思われたが、特区全域に広がっていた0の捜査網のおかげですぐに0を見つけることができた。ある住人が手配書に乗った0のフォントとよく似た0を見たと情報提供をしてくれたのである。

     なんと0は秋の高額当選宝くじ1億円の金額に紛れていたのだ。0が一個付け足されたことで宝くじの当選金額は10億円に釣りあがっており、住人たちの間では話題になって、その付け足された0が目に付いたのであろう。

     現場に急行した西地区警備署署員たちだったものの、しかし、一足遅かった。宝くじは当選者が出ており、0は既に払い戻された後だったのだ。ちなみに、10倍もの金額に変わってしまった宝くじの金額を見て運営元は頭を抱えているという。

    「今回の当選額は普段の倍以上で、購入した人がかなりいたと聞きます」

     佐藤署員の報告の隣で、土御門署長が新聞で宝くじの番号を確認している。あーあ、というため息が聞こえた。外れたのだろう。

    「しかし、困ったわね。0が取り戻せない以上、カレンダーは1月のままだわ」

     1月を10月に戻す算段を付けられなかったいばら署員も頭を抱えていた。このまま1月として暦が進めば特区は一気に冷え込んでしまうに違いない。秋の味覚は? 行楽は? 特区の住人たちは寒さに震えながら秋の行事に臨むことになるのだろうか。

     どうするべきか、と額を寄せ合う署員たちの横でギャルの秋がカレンダーを見ながら一言呟いた。

    「もう書いちゃえばよくない?」

     金髪の少女は机の上にあったボールペンでカレンダーに0を書き足した。いびつな10月であるものの、10月となった特区のカレンダーのおかげで署内の寒さは少し和らぎはじめた。しかしながら、秋というにはやや空の色が薄い。

    「ちょっとだめ系?」

     秋が首を傾げる。

    「フォントが良くないのかもしれません」

     佐藤署員が秋の0に書き加え、カレンダーの字を少し太くした。穏やかな風が吹き、窓の外から水色の空がのぞく。

    「やった! 上手く行きそう」

     カレンダーを秋っぽくする作戦でいこうよ~! そう提案した秋は警備署内のカラフルなペンを集めてカレンダーを彩っていったのだった。

     ***

     十数分後、カレンダーはギャルギャルしく明るい感じにデコられていた。書き加えられて若干浮いていた0はカレンダーに馴染み、その周りには紅葉の絵が描かれている。他のページも秋によって彩られ、無味乾燥だった詰め所のカレンダーはすっかりおしゃれでかわいいデザインへと変化していた。

     0が元に戻ったことで季節はすっかり秋に戻っている。日差しがぽかぽかと柔らかく降り注ぎ、日向には花が咲いていた。しおしおと落ちかけていた紅葉の木々は復活して、秋の空に色どりを添えているのだった。

    「ごっとことなき~! いい感じだね!」

     秋と佐藤署員がハイタッチする。どうにかこうにか、秋は守られたのであった。

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