【新刊】ねこだまさんち
- 南1-2ホール | O-25 (小説|ファンタジー・幻想文学)
- ねこだまさんち
- 三浦常春
- 書籍|文庫判(A6)
- 96ページ
- 800円
- 2026/11/8(日)発行
きっとあなたも「ねこだまさんち」に行きたくなる!?
絵馬橋中央通り商店街のはずれにぽつんと建つネコカフェ「ねこだまさんち」。
個性豊かなネコたちが在籍し、時折バズったり何なりするカフェに、
人生に疲れたり、ちょっぴり悩んだりしている3人がやってきた。
仕事に疲れた女性、年の離れた訳アリ兄妹、人づきあいに悩むパティシエ……。
そんな彼らと一緒に、あなたもネコたちに癒されてみませんか?
入店したから人生が大きく変わる、なんてことはない。
ほんのちょっとだけ、それこそ帰り道を一本隣の道に変えてみるような、
ほんの少しの変化だけど、それで救われることもある。
小さな「特別」を、あなたの日常に。◆目次◆
1匹目 須藤社畜とチュートリアルにゃんこ
2匹目 雲井兄と暴走列車
3匹目 安浦下僕とツン
あとがき
◆サンプル◆
※読みやすいようWeb上では行間を開けていますが、書籍版では詰まっています。
1匹目 須藤社畜とチュートリアルにゃんこ
1
「到着しました」とスマートフォンの中のナビが告げる。
駅からおよそ徒歩十分。絵馬橋商店街の中央通りから少し外れたところに、このネコカフェはある。『ねこだまさんち』―つい半年ほど前にできたばかりの新しいネコカフェだ。
喫茶店を改装したレトロな雰囲気の外観に、のぼり一つない商売っ気のない店構え。そんな落ち着いた雰囲気の店には、個性豊かなネコのスタッフがたくさん在籍していて、可愛らしい仕草やネコらしからぬ賢い様子を見せてくれるのだとか。そんな様子を映した動画がバズっているところを見かける。
画面の外から、そして遠くから眺めるだけだったネコカフェに、まさか自らが赴くことになるだなんて、先月の須藤は思いもしなかっただろう。
すっかり馴染んだパンプスの傍を枯れ葉がカサカサと這っていく。
不意に|鞄《かばん》の中に入れたままの仕事用スマートフォンが震えていることに気づいた。脳が仕事モードになりかけるが、今はプライベートの時間だ。ふと息を吐き出す。軽く通知だけ確認して、電源を切った。
「……緊急の用事だったかな。まあ、その時はチャットに一言入っているでしょう」
もともと長居をするつもりはない。ちょっとだけだから、と、連絡をくれた人物に謝りつつ、社用スマホを鞄の奥にしまった。
「ようやく取った半休なんだ……邪魔はさせない……」
午前中に仕事をしてからそのままネコカフェに直行してきたから、服装は仕事着であるスーツのまま。スーツは毛だらけになってしまうだろうが、今は|萎《しお》れかかった心を癒してやることが最優先だ。先のことなんて気にしている場合ではない。
そろそろ予約の時間だ。『Welcome』の札が掛かったドアノブに手を伸ばすが、どうにも開ける勇気が出なかった。かじかむ手を擦って、改めて看板を見上げる。
明るい空の下で見る看板の、なんとかわいらしいこと。穏やかな冬の日差しがころんとした七文字を照らす。
ここが楽園――そう思うと、ますます緊張してきた。客先に出向く時よりも、上司の尻拭いをしている時よりも遥かにずっと胸が苦しい。
視界の端に映る窓で、もぞもぞと何やら影が動いている。おそらくネコだ。この店のネコ。SNSで何度も見た、あの子たちだ。そう頭では理解しているものの直視する気概もなく、ただただ深呼吸をくり返す。
これ、一生入ることができないんじゃないか?
遠い目をしかけた、その時。
「あのぅ」
声が聞こえた。
「わあっ⁉」
慌てて声の出どころを探すと、扉の隙間からいたずらげな瞳が覗いていることに気づいた。
「だっ、誰ですか?」
思わずそう聞いてから、それが愚問であったことに気づく。何せ彼女が身を隠しているのはネコカフェの扉だ。
「うふふ、驚かせてしまってすみません。気配はあるのに全然入ってこないものですから」
くすくすと笑いながら、女性はぐっと扉を押し開ける。
「一時半からご予約のお客様ですか?」
「は、はい、須藤です」
「お待ちしておりました。どうぞ」
「あ、あのっ、その前に……」
店の中に戻りゆく店員を呼び止める。
「その、何度も予約をキャンセルしてしまって、すみませんでした」
ネコカフェへ行こう。そう思い立ってから、どれだけの時間が経っただろうか。冷え切ったスマートフォンには、幾度となく予約とキャンセルをくり返した形跡がある。予約を取った日に限ってトラブルが発生したり、外せない出張が重なったり―狙ったように、ことごとく予定は潰された。
予約とキャンセルをくり返す迷惑甚だしい客のはずだが、店は快く受け入れてくれた。
そして季節は|廻《めぐ》り、いつしか本格的に羽織が手放せなくなった頃、何度目かも分からない挑戦の末に、ようやく『午後休み』の切符を手に入れたのである。
優しさが積み重なったスマートフォンをしかと握りしめる。対する店員はきょとりと目を丸めて、須藤の謝罪を眺めていた。やがて何に対する謝罪か思い至ったのか、「ああ」と手を打った。
「大丈夫ですよ、わざわざありがとうございます。須藤さん、遅くても前日には声をかけてくれましたから。お仕事、お忙しそうですね」
「へへ……」
「そうなんです」とも「それほどでも」とも応えられず、曖昧に笑って返す。
「改めて―初めまして、わたし、『ねこだまさんち』の店長です。ようこそおいでくださいました」
ふわふわのスカートの端をちょいとつまみ、軽く会釈。その仕草はまるでファンタジー作品の登場人物のようで、思わず見とれてしまった。つい先程までネコと戯れていたのか、エプロンにネコの毛と思しきものがついている。
店員、改め店長の案内に従って入店準備を整える。
まずは靴を脱ぎ、館内用スリッパへ。この時、裸足はNGだ。ストッキングでは不十分だから、持参したシマエナガ柄の靴下を重ねて履いておく。
下準備を済ませたら、続いて受付へ。
店内の利用料は三十分あたり一〇〇〇円。ワンドリンクオーダー制。
――うん、ネットで見た通りだ。
ひとまず一時間のコース、ドリンクはココアを注文する。店員はにこやかに受注すると、続いてネコカフェの利用方法などの事務的な説明へと移った。
その間も、扉を挟んだ向こう側から軽やかなネコの鳴き声が響いていた。よく見れば、ガラスの引き扉―カフェスペースと玄関を隔てる扉の向こうに|蠢《うごめ》く影が見えた。
「待ちきれないみたいですね」
「あっ、すみません。そこにいるみたいで、気になっちゃって」
「うふふ、もう姿が見えていますものね。―はい、こちら、ココアです。蓋を開けたまま放置しないようにお気をつけてくださいね。あっ、そうそう、お菓子もどうぞ」
「えっ、ありがとうございます」
手渡されたのは高級そうなお菓子だ。マドレーヌだ。貝殻のような形状をしている。見た目からもパッケージからも上品な雰囲気が漂っていて、明らかに無償で提供してよさそうな面持ちではない。
須藤の狼狽など気にも留めず、店長は次の案内へと移ってしまう。
「では、お部屋にご案内しますね」
店員は少し屈みながら扉を開ける。
