こちらのアイテムは2026/11/8(日)開催・文学フリマ東京43にて入手できます。
くわしくは文学フリマ東京43公式Webサイトをご覧ください。

めだめろん

  • 南3-4ホール | す-07 (詩歌|現代詩・散文詩)
  • めだかめろん
  • 鰤川てる
  • 書籍|A5
  • 112ページ
  • 500円
  • 2026/11/8(日)発行
  • 『めだかめろん』短編小説、散文、会話劇などを収めた作品集です。

    [試し読み]
    あざらし座

     ぼんやりしている時に現れて、肝心な時には暗闇の中でひっそり隠れている。なんて観測しづらい星座でしょう。

     しょうがないよ、あざらし座だから。天の川の中に現れる、丸くてかわいい星座だから。

     あざらし座は天の川の中で、にゅうっと顔を出すように輝いたり、地上に垂れ下がってくるように点滅したり。どうやって輝くかは、あざらし座の心持ち次第です。

     あざらし座の学名は「Miagetegoran Azarashi」なんだそう。世界で初めて観測した人がなんとなく付けた名前ですが、今ではあざらし座と呼ばれて人々から親しまれています。

     あざらし座の観測が出来た時、あなたはぼんやりとしているのでしょう。人類はこの世界から消えてしまえとか、この世界から消えたいとか、この世界にいる人間は全員あざらし以下とか考えていない時に現れるのです。

     あざらし座は教えてくれる。星なんて見上げてもなんの意味もないとね。

     それでも、あなたは見上げることをやめません。ぼんやりしていても、やりきれない思いがあるのですから。それは両手の平をくっつけてお椀の形にした時に、すっぽりとはまってしまうもの。いつまでも胸の前で鎮座し続けるもの。

     あなたはぼんやりしていて、やりきれないから見上げている。

     すると、はて? 首を傾げるようにあざらし座が揺らめきました。あなたがぼんやりとしていて、苦しそうに見えるのです。やりきれなくて、もがいているように見えるのです。はて? はて? と揺らめきます。天の川を泳ぎながらあざらし座は考えます。

     苦しくてもがいているのなら、助けを呼んだらいいのに。星なんて見上げてもなんの意味もないのに、どうして見上げるのだろう。見上げていてもあなたの姿はちっとも変わらないでしょ。それでも見上げるのはなぜ? 実はとても近くに星はいると思っているから? それとも、星の仲間になりたいと思っているから? 

     あなたの姿を見ていると、どうしてかむずむずしてきて隠れてしまおうと考えるのは、あざらし座が意地悪だから?

     思い切って隠れてみたら、あなたは見上げるのではなくて他の動きをするのかもしれない。そう閃いたあざらし座は、天の川の流れに身を委ね、そっと夜空の中に沈んでいきました。

    あざらし座が消えた夜空。

    それでも、あなたは見上げている。見上げていないと苦しいのです。目下には逃れられない現実。憤懣やるかたない生活。ああ、不甲斐ない自分。自分という役に立たない存在。

     そうです。見上げていないと目に映ってしまうから、あなたは見上げているのです。

     そうだったのか。このことが理由だったのか。あざらし座はちゃぽんと光って姿を現し、流れ星のように夜空を駆け巡りました。

     これは、あなたを励ますためにやっているのではありません。あなたに暗示しているのです。

     苦しみはここにあるとね。

     あなたの苦しみはあざらし座が動いた後に出来る光の余波で、あざらし座が沈んで見えなくなった後の暗闇で、見上げると目に映るもの。

     ここに、あなたの苦しみがある。

     だからね見上げていても苦しい。ほらね見上げていてもなんの意味もない。回っている苦しみ、蠢く苦しみ、遠い昔の苦しみ、あなたの苦しみ。ここに、苦しみがある。

     あざらし座は動きをとめ、ほんの少し揺らめいた。地上にいるあなたは夜空を見上げてやっと言えました。「苦しい」とね。

     あざらし座はその一言を聞いてぽろりと涙をこぼします。その涙はシリウス、ポラリス、カノープスよりも明るく、鮮やかに輝く。

     一生に一度観測出来るか分からない「泣いたあざらし座」の誕生です。あざらし座がぽろりと泣いただけで、特筆すべき変化はありませんが、一言説明をすると、こぼれ落ちた涙も話すことが出来るということ。

     でもね、この涙はとても慎重で怖がりだから、静かに待っていないと話しかけてくれません。大抵の人は辛抱しきれずに声をかけてしまって、涙が怯えて隠れてしまいますが、あなたは違った。

     堪えきれなくて、泣き叫びたくても我慢をした。苦しくても声を上げなかった。

     だから、あざらし座からこぼれ落ちた涙はあなたに話しかけました。

    「苦しいときは目を閉じたらいいの」とね。

     あなたは、じっと我慢をすると決心した日から夜空を見上げていた。ですから、その一言を聞いて驚いたでしょう。決心が台無しになるかもしれないと迷ったけれど、あなたはほんの少しだけ目を閉じた。

     夜空からぱちん、ぱちんと音がする。

     あなたはゆっくり目を開く。

     あざらし座とあざらし座からこぼれ落ちた涙は消えていて、夜空には幾万の星が見えた。

     あそこに、苦しみがある。あなたは指をさして言った。

    あんなに遠くに見えるのだから、どうすることも出来ない。手を伸ばしても届かないのだから、やりきれない。苦しみを見続けるとぼんやりする。

     夜空からまたぱちん、ぱちんと音がする。

    あそこに、あざらし座がいるとあなたは指をさして言った。実はこの音、あざらし座が他の星とぶつかった時に出る音なんです。星の間が震えてきて、天の川の中に隠れていたあざらし座がゆっくりと現れました。なんだバレちゃったかと照れくさそうにね。

     あざらし座はもう涙をこぼしません。もうすぐ朝がくるので、あなたの顔をじっくり見たいからです。

     あざらし座は手を振ります。あなたはぼんやりしていて、やりきれなくて、苦しいけれど手を振り返しました。その姿を見て、あざらし座は目を閉じて天の川の底に沈んでいきました。

     誰も喋らない、静かな夜になりました。

    おや? 再びあざらし座が現れましたよ。朝になる前に、一つ言い残したことがあるんですって。

    「苦しまずに生きてごらん」

     そう言うと、月と同じくらいの大きさに膨らみ、弾けて消えてしまいました。

    あなたはもうすぐ朝がくる空を見つめました。あざらし座の一言を思い出して、そんなこと出来るかなと溜息と苦笑い。もしも出来なかったら、再び会えた時に、無理でしたって言ってみましょうか。

    けれど、あなたに出来たとしたら、あざらし座は嬉しくなって泣くでしょう。そうしたら、一生「泣いたあざらし座」を観測することが出来ちゃいますよ。

    苦しまずにいきてごらん。

    苦笑いと溜息がでる一言です。

    でもね、これがあざらし座からのお願いですからね。



     <目次 >
     あざらし座(P.4)
     喜び(P.11)
     お供え物(P.13)
     うちが降る(P.16)
     お茶ラブ(P.19)
     フルーツバスケット(P.23)
     エチュード(P.28)
     母と娘(P.30)
     ひんやりさびしい(P.34)
     僕の魂(P.36)
     無声(P.38)
     雷鳴より(P.40)
     どじょう先生(P.42)
     我儘(P.48)
     スイッチ(P.50)
     大と小(P.52)
     魂の数え方(P.54)
     修行(P.57)
     気配(P.75)
     ごめんなさいチャーハン(P.76)
     めだかめろん(P.84)
     幸せ(P.106)
     君が好きだ(P.108)
     あとがき(P.110)



     

登録日時:変更日時:


ログインしませんか?

「気になる!」ボタンをクリックすると気になる出店者を記録できます。
「気になる!」ボタンを使えるようにするにはログインしてください。