なにも食えない
- 南1-2ホール | O-44 (小説|純文学)
- なにもくえない
- 染水翔太
- 書籍|B6
- 500円
- 〈概要〉
紀行文 全72ページ/500円
東京文フリ41で販売
〈目次〉
シンガポールで海南鶏飯を食べない /レイキャビックでロブスターを食べない /上海で上海蟹を食べない /トロントでホストマザーの料理を食べない /ニューヨークでピザを食べる /なにも食えない
〈序文〉
本当に行きたいところには行っていない。 ペルーやインド、エジプトあたりの、文化がまるで違うような国に行きたいのだが、食が合わないので行くことができない。むかしから、見たことのない食べ物や知らない食べ物を口に入れることができない。好き嫌いが多いといった次元ではない。幼いころに家で出されたことがある、レストランや居酒屋で何度も食べたことがある、食べたことはないけれど見た感じから味の予想が付く、そういったものしか食べることができない。 たとえば韓国のりは、初見で口に含むことが出来た。見た目からして、完全に海苔で、そこに塩がかかっているだけと判断できたためだ。見た目と味の誤差が少なそうだった。韓国にはほかにも、クァベギという伝統的な揚げドーナツがあるのだが、見た目がよく知っている揚げドーナツと遜色がなかったため口へ運んだ。クァベギという単語になにか特殊な意味、たとえば「くせの強い香辛料」などがあるのかと一瞬疑いはしたが、「クァベギ」=「ねじる」だと聞いて安心した。 行きたいけれど行けない国は、YouTubeや本などで現地を堪能することにしている。現地にいる人に、代わりに食べてもらう。ペルーもインドもエジプトも、一生行くことはないだろう。いつもおれは、ピザやパスタがある国や都市だけを選んで行く。〈内容〉
「シンガポールで海南鶏飯を食べない」は、「海南チキンライス」と呼ばれる名物料理を食べない話。観光を目的に滞在し、ほかにマリーナベイ・サンズやウェットマーケット、ナイトサファリなどを巡る。
どこからか、ホースの水が床を流れている音がしていた。早くこの場所から出たいと思った。食べられるものが一つもないだけでなく、においもきつく、マクドナルドにでも入りたかった。だが旅行誌にはこの場所が観光名所のひとつとして掲載されており、食文化を堪能できるスポットとあった。自分一人であれば絶対に寄っていない場所だった。
「レイキャビックでロブスターを食べない」は、アイスランドの首都・レイキャビックでピザやパスタを食べる話。フィンランド、デンマーク、スウェーデン、アイスランドを巡る北欧周遊で、オーロラなどを見るかもしれない。すべてが氷でできたアイスバーなどにも行き、寒さを嘆く。名物料理に「アイスランテック・ロブスター」というおれでも食べられそうなものがあったが、ピザやパスタがあるかぎり、そちらを優先して食べる。「クラヴラックス」という、サーモンの塩漬けをパンかなにかに載せた料理があり、これは見るからに美味しそうだったのだが、白と緑が混ざった得体の知れないペーストが敷かれていたから食べなかった。
「上海で上海蟹を食べない」のほとんどは、上海の観光地区・外灘でマフィアのような男たちに軟禁され現金を奪われる話に割かれている。当たり前のように上海蟹も食わない。
やがて男はちょっと出てくる、と言って部屋をあとにし、代わりに入ってきたのが、タンクトップ姿の大男だった。男はおれの隣、ドア側に座り、両手を組んで前傾になった。その男も、ほとんど流暢とも言えるほどの日本語を操った。男は柔和な笑みを浮かべながら「上海は、楽しいですか」と訊いた。
「トロントでホストマザーの料理を食べない」は、初めての短期留学先であるカナダのトロントでホームステイをする話。ホストマザーが毎朝提供してくる謎のペーストの塗られたパンをことごとく残す。外国に行くと自分が透明になるみたいな話をしている。
ホストマザーの言うことが聞き取れず、本来は「Pardon?」や「Sorry?」と言うところをなんとなく恥ずかしくて「What?」と返す癖があり、「それは『は?』という意味だから控えろ」と何度も諭されたこともあり、あまり角が立つようなことを言いたくなかった。それでもやはり、口に合わない、と伝えるべきであっただろう。
「ニューヨークでピザを食べる」は、三ヶ月ほど滞在した同市で、安いピザスライスや日本のラーメンを食べたり、いま考えるとクソみたいな記事を現地メディアに寄稿しまくる話。家の近くでは時おり薬物のにおいがし、マクドナルドは商品を買ってないじいさんたちが占拠していた。
ハーレム地区をめぐるツアーがあり、その際ガイドが、おれが住んでいた地域一帯を指さして、「ここで昔、大きな銃撃事件がありました。いまでも時おりあります、もし銃声が聞こえたら窓には近づかないでください」と言ったのを、これはしっかりとした記憶として覚えていて、「もし銃声が聞こえたら」という聞いたことのないワードと、ガイドの穏やかな口調のギャップに戦慄いた。
みたいな感じのことを書いているが、全体で72ページほどであり、たぶん一時間ほどで読めてしまうと思う。とにかく飯が食えないことと海外旅行に向いていない旨が書かれている。
