お父さまに触れられるのは、あまり好きではなかった。体の中に花をうめこまれるのも嫌いだった。お父さまの指先が肌を切り開いて胸骨の真ん中に鋏をいれるとわたしの胸は外に向かって開かれた窓のようになった。お父さまは窓から花を投げ入れた。わたしのなかには花がつもり、口や毛穴から花の香りがこぼれでた。
お父さまは花をいれる度に、特別だよ、と言った。それは他の姉妹たちには同じことをしていないということだった。言われる度にわたしは少しだけほっとした。お父さまに特別扱いされるのが嬉しかったわけじゃない。他の姉妹たちがこんな嫌な気持ちを味あわずにいられるなら、それが一番良いのだから。
わたしはお父さまに魔女として作られた。西の魔女、と呼ばれた。おなじ日に作られた魔女はわたしを含めて四人いた。お父さまはわたしを姉妹の三人目と定義づけた。
お父さまは私の腹をゆっくりと押しながら、花をつめたからお前の体はやわらかい、と言った。わたしは憂鬱な気持ちになる。お父さまがわたしの中に花をつめる度に、他の姉妹たちと異なる体の造りを告げられる度に、わたしが未完成で、ひどく未熟なものに感じられるからだった。
実際、わたしは他の姉妹たちに比べて力が弱かった。お父さまから頂いた西の土地は、はじめ最も肥沃な土地であったのに、わたしが管理するようになってから随分瘦せてしまった。土地には斑点のように砂丘が現れ、そこには木も草も生えず、花も咲かない。生き物が生きていけない。
良い土地にしなさい、善い行いをしなさい。
それはお父さまがわたしたちに告げた最初の命令だった。わたしはお父さまの言葉を守れていない。負い目は常にわたしに寄り添った。
でも、上から見ると星座のようで良いじゃない。空の上でお茶会をした時、南のお姉さまはそう慰めてくれた。東のお姉さまは植物の種をくれ、北の魔女は水が満ち続ける如雨露をくれた。姉妹たちの存在は、わたしに安心感を与えてくれた。わたしは、ひとりではないのだ。
わたしはせめてもう一つの務めは果たそうと思った。わたしは抱擁を司る魔女であった。
わたしの土地には様々な生き物が住んでいた。虫も、犬も、鳥も、愛らしかった。そのなかで特にわたしの孤独を癒してくれたのは、人間の存在だった。
人間はわたしたちに似ていた。正確には、わたしたちが人間に似せて作られたのだ。わたしは彼女たちを愛し、慈しんだ。彼女らが笑ったり、泣いたりすると、わたしも喜び、悲しみを覚えた。飢え、貧困、病、老い。ありとあらゆる災厄から彼女らを守ってあげたかった。
わたしは彼女らの背に腕を回し、引き寄せ、彼女らの方へ顎を置いた。ここにいればすべてが安全だ。あなたたちを脅かすものはなにもない。そう理解してほしかった。
赤ん坊を抱くのは、特に楽しかった。あのちいさくふっくらとした体の、乳白色のかわいらしさ。どうしてこんなに愛らしい生き物を腹の外へと出せるのだろう。わたしが母であったらなら、そんなさびしいことはきっとできやしない。
そう思って一際強く抱きしめた時、腕のなかでくしゃりと音がした。
誰かの悲鳴が響きわたった。赤ん坊の母親の声だった。私の服は赤く染まり、腕をほどくと潰れた赤ん坊が床へ落ちた。
わたしはその時、自分についてよく理解した。獣でさえ、獣でさえ、愛しさのあまり仲間を殺したりしない。
わたしは、獣以下の存在なのだ。
どうすれば、善いものになれるの?
そう考えた時、部屋に飾られた蝋燭の灯りが揺らめいた。どこからか風が吹き、火が天井に届くほど長く伸びた。炎の端が揺らぎ、誰かの輪郭が現れた。南のお姉さまだった。南のお姉さまはわたしの頬を流れる涙を拭い、幼い子を見るように目を細め、泣かないの、と言った。
でも、赤ん坊を殺してしまったの。わたしの声は震えていた。どうしたらいいのか、わからないの。
南のお姉さまはわたしの右頬に手を添え、左の頬に自分の頬を寄せた。じゃあ、変えてもらいましょう。北のあの子が待ってるわ。
北の妹が創造を司ることをわたしは思い出した。その拍子に一番大切な約束を忘れてしまった。魔女は魔女にしかなれない。そんなことはこの悲しみの前では些末なことだった。
わたしは瞳を閉じた。なみだが瞼のふちに沿って広がる感覚がする。わたしは言った。
わたしを変えて、全部変えて。なにもかも。なにもかも。
(第一話 全文)
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