中学生の頃、国語の授業で木材に関する評論を読んだ。木材は機能面だけを考えると際立って秀でているわけではない が、バランスがよく、温かみがある。だから、建材としてよく使われている、という主旨だった。それを読んで私は、自分のことを木みたいだと思った。何か秀でているところはないけど、なんとなくバランスがよい。加点はあまりないものの、目立った減点がない。面接などで、自分を何かに喩えるように言われたときは、「木」だと答えていた。
気に入って自分のことを木だと思っていたが、時間が経つにつれて、際立ついいところがないのなら、できない ところをなくさなきゃいけないと思うようになった。苦手なことをマスキングするために、時間を使って対処してきた。人より努力して時間をかけても、人並みかそれ以下にしかできないこともあった。私は木なのに。できない ことがあったらいけないのに。得意なことを伸ばすよりも、苦手を潰すことにたくさんの時間を使ってきた。
どうしてもできないことがある。それは仕方のないことである。 私は木ではなく人間だから。