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愛の証明を

  • 南1-2ホール | K-68 (小説|ファンタジー・幻想文学)
  • あいのしょうめいを
  • 藍間真珠
  • 書籍|文庫判(A6)
  • 62ページ
  • 500円
  • https://www.pixiv.net/novel/s…
  • 2026/11/8(日)発行
  • 事実上「結婚」が義務化された世界。思い人と結婚するために「条件」を満たそうとする陽葵は、結婚を忌避する夏紀と共に平穏な大学生活を送っていた。 だが夏紀が事故に遭ったことを契機に、二人に転機が訪れて……。 女子大学生たちを中心とした「愛」を巡る近未来短編。


     大学の帰り道、駅に向かう途中にあるカフェかファミレス辺りでお茶をするのが、私と夏紀のルーチンだった。ただ今日は「金欠なの!」と訴える夏紀にあわせて、お手頃なファーストフード店に入った。寝坊してお昼を食べ損ねたから、お腹がすいているんだそうだ。ハンバーガーは私も久しぶりだったので、不満はなかった。
     記憶にあるよりも値上がりしていたのは誤算だったけど、混みがちな時間帯でも運良く席は空いていた。しかも四人席だ。私は荷物が多いタイプだから、これはありがたい。
    「あー結婚なんてしたくない!」
     私がバーガーの包み紙をたたんでいると、夏紀は唐突にそう吐き出した。食べている間はご機嫌だったのに、何か思い出したんだろうか。私がシェイクの入ったカップを持ち上げれば、夏紀はトレーを横にずらしてからテーブルに突っ伏す。そうまでしてそのポーズが取りたいのか。私はシェイクを一口すすると、トレーの上にカップを置いた。そうして「また何かあったの?」と尋ねてみる。
    「うん。例の自称婚約者、昨日もうちに訪ねてきたの。この間テレビに出てた美味しいフィナンシェを持ってね」
     少しだけ顔を上げた夏紀は、しかめ面でそう語り始める。ああ、やっぱり婚約者さんの話か。私は相槌を打った。
    「また来たんだね。でも美味しいフィナンシェか。いいなぁ。それ絶対に高い奴だよ」
    「高かろうが何だろうがよくないよー。もう、毎週やってくるんだよ? うちの親なんて、卒業後は結婚するのが当然って思ってるみたいだしさ。私の意思とか全然聞いてくれないの」
     まるで子どもみたいにむくれた顔をした夏紀を、私は苦笑しながら見下ろした。もう何度も繰り返されている話だけど、私はいつも文句も言わずに聞いている。何故なら夏紀もそうしてくれるからだ。
     答えがすぐ出ないような話ってあるじゃない? ずっと悩んでいることとか。そういうのを何度も口にできる友達って、かなり貴重だ。夏紀とは高校一年生の頃からの付き合いだから、もう七年目になる。互いに何でも話せる間柄というのは本当にありがたい。こういう出会いは大切にした方がいいだろう。まだ二十年ちょっとしか生きていないけれど、これだけは断言できる。
    「もう、結婚なんて嫌だよー。本当に嫌で嫌でしょうがないのに。こんなに苦しんでるのに、私の主治医、私は病気じゃないって言うの。あなたはうつじゃありませんって」
     夏紀はため息を吐きながらそうぼやく。ああ、まだメンタルクリニックに通ってるんだ。でも診断されないのは当然だろう。どこの世界にハンバーガーセットとオニオンリングとナゲットを平らげて、夜はぐっすり眠っているうつ病患者がいるというのか。
     夏紀は就職活動だって滞りなく進んで、大手の内定も次々と出ているし。心が病んでいるような兆候は全く見られない。夏紀はうつの診断を求めて何回もクリニックを変えているけれど、いつも結果は同じだ。皆「あなたは正常です」って答えるだけだ。私もそう思う。
     ――結婚は義務だ。ただし、大概の人にとっては、という留意点がある。別に憲法や法律でそう定められているわけではない。でも扶養を外れた成人には、とんでもなく高い税が課せられる。しかしながら結婚すると税制上の優遇を受けることができる。だから普通に生活するためには、特段の理由がなければ結婚するしかない。
     とはいえこれには例外も設けられていて、たとえば精神疾患であったり、身体障害があったりなどで、安定して働けなかったり日常生活にサポートが必要な人は、そちらの方向から社会的支援が受けられる。税もある程度は免除される。だから結婚しなくてもよい。夏紀が病名を求めているのはそういった理由だ。
     世界に先んじて少子化が進んで、働き手が不足するようになって、この国は強制的な手段に出た。それがこの事実上の結婚義務化だった。誰が相手であってもいいんだけど、結婚だけはしないといけない。働き始めたらまずは婚約し、申請の準備を始めるのが一般的だ。
     子どもを産めば、さらに様々な支援が受けられる。一人よりも二人、三人と多産になればなるほど、得をするようになっている。そういうやり方で、国は働き手をどうにか増やそうとしている。移民の受け入れが頓挫し、ロボットやAIの導入も思ったより効果的ではないとなって、政府は重い腰を上げたのだ。
     でも夏紀は結婚は絶対に嫌だという。だからうつ病の診断が欲しいのだと。だがまあ、結果は言わずもがなだ。夏紀も素直過ぎる性格だから、受診時に嘘を吐いたりなんてことはしていないんだろう。うつ病患者の振りをするってことができないのだ。もちろん、そんなところで偽ろうとする人間だったら、私はこんな風に付き合っていない。
    「夏紀はうつじゃないでしょ。私だってそう思うよ」
    「でもでも、結婚のことを考えたら胸が苦しくなるんだよ? ドキドキして、そわそわして、居ても立ってもいられなくなるの」
    「そういう症状があったとしても、うつではないんじゃない? たぶん。せいぜい適応障害とかかなぁ」
    「適応障害じゃ駄目なの! それじゃあ条件を満たせないっ」
     夏紀はがばりと顔を上げて、訴えるような目で見てきた。そんなこと言われたって、私は医者じゃあない。結婚免除のための診断書なんて出せるわけがない。書いて欲しいなら、医者を説得しなくちゃ。いや、説得しちゃいけないのか。虚偽の内容がばれたら後々大問題になる。
    「なのにどうして皆わかってくれないの? うぅ、あの先生、絶対やぶだ」
    「そう思うなら、また病院かえたら?」
    「もう、そんな気軽に言わないでよ。初診の予約ってなかなか取れないんだから。いい先生のところはなおのこと。それは陽葵だってわかってるでしょ?」
     口を尖らせた夏紀は、さらに眉根を寄せた。私は「まぁ、それは」と気のない返答を口にしながら、あの人のことを考える。
     あの人――悠真さんは、姉の元婚約者だ。優秀でかっこよくて、人当たりのよい性格。人がよすぎてちょっと損をしがちなところがあるけど、それも含めて皆に好かれている人だった。悠真さんのことを悪く言う人間なんていなかった。
     そんな悠真さんと姉は大学のゼミで出会った。姉は猛アプローチをして、その婚約者の座を勝ち取った。皆が姉を羨んだ。姉は良くも悪くも自分の感情に素直な性格で、皆が遠慮したり尻込みする中でも、臆することなく迫れる行動派だ。その上なかなかの美人だ。思慮深く慎重な悠真さんは、きっとそんな姉の行動力に惹かれたのだろう。
     なのに悠真さんが心を病んだら、姉はあっさりと婚約破棄してしまった。周りにどう思われるかなんて、姉は全く気にしなかった。そういうところでも、自分の感情が最優先だったのだ。
     悠真さんが病んだのは、就職した職場の先輩のせいだった。優秀で非の打ち所のない悠真さんをやっかんだ先輩が、巧妙にいじめ抜いたからだ。仕事を覚えさせない。必要なこと、肝心なことを伝えない。それで仕事ができないのは当然なのに、期待外れだなんてことをほのめかす。そして悠真さんの仕事が滞るのをなじるのではなく、大袈裟にフォローしてみせる。一方、上司には「あいつを指導するのは大変だ」といった体で相談する。結果、上司を含めた周囲の人間の、悠真さんに対する目は厳しくなっていった。それまで挫折経験のない悠真さんの心が折れるのは、時間の問題だった。
     私は勉強を教えてくれる悠真さんが好きだった。うちの両親にも優しく接してくれるし、誰か困っている人がいると見過ごせないし。私が落ち込んでいるのに気がつくと、さりげなく元気づけてくれる。そんな優しい悠真さんの人柄に惹かれていた。
     でも姉の婚約者だから。二人の関係を壊したくはないから。だから私はその気持ちをずっと隠していた。墓まで持って行くつもりだった。
     職場での立場が悪くなった悠真さんは、次第に様々な症状を認めるようになった。それでも周りに迷惑をかけたくないと言って、しばらく受診を渋った。その様子を、私ははらはらしながら見守っていた。
     結局、悠真さんはある日突然限界を迎えた。会社に行こうとしても動けなくなったのだ。そうなってから、慌てて病院を探そうとした。でもすぐにかかれるようなクリニックなんてそうそうない。大病院はなおのことだ。結果さらに状態が悪くなり……見事うつ病の診断を得るに至った。
     治療がうまくいった悠真さんは、休職を経て既に復職をしている。けれども以前のようにきびきびとは動けない。問題となった先輩と離れるために、異動になって部署も変わった。今は簡単な業務や雑務を中心に、仕事量を少しずつ増やしている状況らしい。つまり出世街道からは外れてしまっていた。
     そんな悠真さんは、結婚の義務からは解放された。うつは治るとは言うけれど、現実はそう簡単なものではない。元通りにはならないのだ。姉は躊躇なく悠真さんとの婚約を解消し、もうすぐ別の人と結婚する予定だ。薄情でも美人ならいいという男性は、案外いるものらしい。

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