心情の中世ヨーロッパ
- 南1-2ホール | P-23〜24 (評論・研究|文化研究)
- しんじょうのちゅうせいよーろっぱ
- sousou
- 書籍|A5
- 126ページ
- 1,000円
- 2025/11/23(日)発行
恐れられたものーー森、暗闇、見知らぬ人。
中世ヨーロッパの人びとの心情を、「恐怖」と「信仰」という切り口から読みとく本です。現代とは全く異なる中世において、人びとは日々、どのようなことを考え、生活していたのでしょうか。
中世人の心を読みとくと、人間の心の普遍性も見えてきます。
本文の下段に用語解説や図版を多数掲載し、読み進めやすい構成にしています。
詳しい本の内容は、下記の目次をご覧ください。
本書のテーマや執筆にあたっての考えについては、後半に掲載の「はじめに」をお読みください。目次
はじめに
一章 中世ヨーロッパの人びとの不安
一.中世人は何を恐れたのか
- ミクロコスモスとマクロコスモス
- 日常世界と異世界
- 冒険物語における異世界
二.恐ろしい場所 —— 森
- 昔話の森
- 悪魔の住処としての森
- 聖域としての森
- 農民による森の利用
- 森に入る職業
三.恐ろしい存在 —— アウトサイダー
- アウトサイダーとは
- 粉ひき屋
- まじない女
- 放浪者
四.恐ろしい時間 —— 夜
- 光は神の領域、闇は悪魔の領域
- 光と輝きを好む中世人
- 闇と戦うすべ —— 火
- 長く暗い冬の希望 —— クリスマス
二章 中世ヨーロッパの人びとのやすらぎ
一.中世人はなぜ信心深いのか
- 科学革命以前の宇宙認識
- 原因譚としての神話や宗教
- 悩みの解決策としての信仰
- 奇跡と魔法のちがい
二.中世人はキリスト教を信仰していたのか
- 中世期を特徴づけるキリスト教
- キリスト教が浸透した理由
- 改宗戦略としての異教文化の取り込み
- 中世人の信仰生活
三.異教的な信仰の具体例
- メリュジーヌ信仰
- ギヌフォール信仰
- 樹木信仰
おわりに
本文「はじめに」より
皆さんが、ゲームや物語の文脈で「ファンタジー」と聞いて想起する世界観は、どんな姿でしょうか。それは例えば、魔法が生活に根差して、不思議な生物がいて、身を守る手段としての剣があって、徒歩で遠くまで旅する世界かもしれません。
このような世界観は、ひと昔前の、電気やガスを使った工業製品が、まだ存在しない時代に似ています。人によっては「いやいや、さすがに魔法はなかったでしょう」と思うかもしれません。しかし、人びとが超自然的な存在や現象を「信じていた」という意味で、その時代に魔法は存在しました。
このような世界観は、実際の時代に当てはめると、地球上で最も早い産業革命(※)が起こる前に該当します。西洋中心の歴史観では、産業革命以降を「近代」と定義することが多いです。そのため、産業革命以前の時代を指す言葉として、「前近代」をよく使います。本書でもこれ以降、ファンタジー世界に似た時代を指す言葉として、「前近代」を使っていきます。
私たちはなぜ、ファンタジー世界を前近代に求めるのでしょうか。その理由の一つは、失われた時代に対して、何らかのノスタルジア(郷愁)を抱いているからだと思います。それは例えば、魔法や奇跡が根差した生活だったり、剣を使用しての戦闘だったり、徒歩や馬による旅だったりします。すなわち私たちは、現代の生活からは失われてしまった「何か」を求めて、ファンタジーの世界に親しむのだと思います。
ファンタジー世界は、無から創造されるわけではありません。どのファンタジー世界にも、必ずモデルとしている既存文化があります。というのも、文化とは途方もない長い時間をかけて、あまたの人間の思考を介して、形成されていくものだからです。たとえ頭の中だけの空想だとしても、人間ひとりが生きられる時間内で、たった一人で、まったく新しい文化を創造することはできません。
例えば、J.R.R.トールキンは西洋文化をモデルに『指輪物語』の世界を、田中芳樹は中東文化をモデルに『アルスラーン戦記』の世界を、上橋菜穂子はアジア文化をモデルに『精霊の守り人』の世界をつくりました。このような著名な小説家でさえも、既存の文化をモデルにして、ファンタジー世界を構築しているのです。
私自身も含めた、ファンタジー愛好家はよく、ファンタジー物語を、その世界がモデルとしている文化によって、西洋系、中華系などと分類します。分類することで、好きな世界観を他者と共有しやすくなり、より楽しくファンタジー愛好活動(?)をできるからです。
そのうち西洋系ファンタジーは、中世期の時代、つまり「中世ヨーロッパ」の文化水準で設定されることが多いです。このようなファンタジーを、本書では「中世ヨーロッパ風ファンタジー」と呼びます。
ネットを通じて、手軽にオリジナル漫画や小説を公開できるようになった昨今、中世ヨーロッパ風ファンタジーを創造するための、指南書が数多く出版されています。ところがいずれの本も、世界構築のための物理的側面――登場人物の服装、食事の献立、建物の形状など――に着目しがちで、人びとの心理的側面には着目しません。
たしかに世界観構築のためには物理的側面も大事です。しかし物語とは大前提として、人間の心の動きに着目する芸術だと思います。仮にファンタジー世界の人びとが、現代人とまったく同じ思考や価値観を持っていたとしたら、せっかくつくりあげた世界観が充分に活かしきれておらず、個人的には少しもったいなく感じます。そこで中世ヨーロッパ風ファンタジーを創造するための、心情の指南書になることを目指して、本書を執筆することにしました。
本書の目的は、中世ヨーロッパの人びとの心情に迫ることです。現代とはまったく異なる、中世ヨーロッパにおいては、人びとは日々、どのようなことを考え、生活していたのでしょうか。本書ではとりわけ、人びとの不安の源である「恐怖」の対象と、その恐怖を解消して、心穏やかに生活するための「信仰」に着目します。
