『MEMENTO MORI ―湖畔のヴァイオリン―』
「消えない音なんて、きっと音楽じゃない。――呪いみたいなものよ」
東京郊外で小さな弦楽器工房「弦月堂」を営む椎名奏。
彼の手元には、十年前に事故で亡くなった姉・真琴が最後に抱えていた一挺のヴァイオリンが残されていた。
湖から引き上げられ、奏自身の手で修復されたその楽器。しかし奏は、十年間、一度もその音を鳴らすことができずにいた。
ある夜、誰も触れていないはずの弦がひとりでに震える。
そして聞こえてくる、苦しげな少女の呼吸。
「……まだ……聴いてるの?」
やがて奏のもとへ、霧見湖のほとりに建つ古い別荘「水鏡荘」から連絡が入る。そこは、姉が事故に遭う直前まで滞在していた場所だった。
館内に並ぶ、すべて十一時四十七分で止められた時計。
地下二階の湖水音響観測室。
十八年前の録音テープ。
同じ木から作られた二挺のヴァイオリン。
そして、十五歳で亡くなった少女――御影音羽。
湖の底に残された「音」を辿るうち、奏は姉の死と、十八年前に水鏡荘で起きた出来事へ近づいていく。
これは、怪異に立ち向かう物語ではありません。
死者を忘れられない者と、死者を忘れないことの違い。
残すことと、縛りつけることの違い。
そして「死を忘れるな」という言葉の先にある、「生きることを忘れるな」という祈り。
ヴァイオリンの音、古い録音、霧の湖、止まった時計をモチーフに描く、静かで哀しいゴシックホラー。
消えていくからこそ、音は美しい。
そして人は、死者を胸に残しながらも、次の時間へ進んでいかなければならない。
MEMENTO MORI.
死を忘れるな。
MEMENTO VIVERE.
生きることを忘れるな。