食卓には、言葉にできないものが残っている。
人は、誰かを完全に理解することはできない。
一緒に暮らしても、愛し合っても、長い時間を過ごしても、最後まで分からないことがある。
それでも私たちは、誰かと食卓を囲み、同じものを食べ、匂いを覚え、
知らないうちにその人の時間を自分の中へ取り込んでいく。
離婚した二人が焼く「別れパン」。
これから始まる暮らしのために選ぶ、四人掛けのテーブル。
亡くなった祖母が残した、少し不思議なレシピ。
別れた人。
これから一緒に生きていく人。
もういない人。
三つの物語に描かれるのは、どれも劇的な人生ではない。
けれど、食卓には不思議な力がある。
忘れたつもりだった匂いを、ふいに思い出させる。
まだ見ぬ誰かとの未来を、想起させる。
いなくなった人の暮らしを、もう一度感じさせる。
食べたものが身体になるように、
一緒に過ごした時間もまた、私たちの身体のどこかに残っていく。
だから人は、それらを抱えたまま、
今日の食事をする。
これは、食べることについての三つの物語であり、
誰かと生きることについての三つの物語です。
あなたの中にもきっと、
まだ匂いの残っている食卓がある。