コロンビアやエクアドルとの国境紛争の経緯も興味深かった。コロンビア領のアマゾン川に面した町、レティシアが、なぜ隣り合わせのように2本の直線が引かれた台形の土地の上に置かれているのか不思議に思っていた。この本でその経緯が分かった。ペルーは4つの国と国境を接しているが、チリを除く、ブラジル、ボリビア、コロンビア、エクアドルとはアマゾン密林地帯で国境を接している。強国ブラジルと国境の折り合いをつけた後、結果的に残ったのが、コロンビア、エクアドルとのアマゾン地域の国境紛争だった。エクアドルとの紛争激化を憂慮した、時の大統領レギアの決断で2本の直線で切り分けられたレテシアがコロンビアに割譲された。自分たちの経済圏、生活圏を失った現地の住民たちの抗議を無視した政府とロレート住民の間に対立が生まれた。これがロレートのアイデンティティを形成する源になったとは、歴史とは複雑なものだ。第2部のゴム経済の崩壊による停滞と転換の時代を経て、ロレートは大きく変わった。ゴムの輸出先であったヨーロッパ諸国は退場し、米国が次第にその存在感を増していく。ゴム時代の輸出を主力とした地域経済の主役だったイキトスの商社の没落は象徴的だ。リマからウカヤリ川に面したプカルパまでの道路が開通した効果もあり、外国市場から国内市場に経済の方向性が変わった。パトロンから解放された、リベレーニョと呼ばれる岸辺の住民がはっきりとした社会階層として認識され始めたのもこの頃からだ。政府の識字率向上の施策や交通手段の改善により、先住民の政治意識は向上し、市民権の要求などによりロレート経済社会は統合へと導かれたと著者たちは主張している。
この第3部では、地域統合を目論む軍事政権による民衆の組織化の奨励に端を発し、民衆の中からロレート民衆防衛戦線に象徴されるような組織が出現し、民衆と商業エリートを巻き込んで、自分たちの権利を主張し、社会的立場を獲得していく姿が述べられている。地域主義思想は前述のレテシア割譲の時代以来、ロレートに根付いた政治思想だが、1970年ごろに始まった石油生産の採掘料を巡る政府との綱引きも、異なる階層の人々を地域主義思想に結集させることにつながった。その地域主義思想を求心力とすることで自分たちのアイデンティティが形成されていった。のみならず、先住民共同体も次々と設立され、それらが「辺境の馴化」の顕著な姿を現していると、著者たちは指摘する。これはまさに、スティファン・バンカーの「採取サイクルのそれぞれが辺境の環境的・社会的基盤をますます疲弊させている」との指摘に対する正面からの反証と言える。遠隔の地にはいまだにアビリタシオン制度が残存するなど、この近代化の過程はいまだに完了しておらず、その達成のためにはロレート民衆と指導者の努力が問われていると、この論文の最後は結ばれている。さらにエピローグでは、新自由主義を掲げたフジモリ大統領の政策がどのような影響をロレートに与えたかが語られ、日本からでは見えないフジモリ大統領の姿が分かり興味深い。