第7回「日記祭」出店作品
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読書会に向けて『百年の孤独』を再読した著者が忘却に抗って始めた備忘録は、脳内のマテリアル(小説、映画、TVシリーズなど)と混淆し、次第に物語と伴走を始める。
「僕が感じていたのは焦りだったのだと思う。一度は、あるいは二度はつかまえたはずの物語が、するりと抜け落ちていったことに対しての。だから、忘れないために何らかの方法で残さなければならない、と。結果、読んだ端から思いついたことをまとめていくという無謀な試みが始まった」
(「はじめに」より)
本書に登場する小説、映画、TVシリーズなど
『新世紀エヴァンゲリオン』
『インターステラー』
『懐かしい年への手紙』
『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』
『エチカ』
『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』
『小倉百人一首』
『ねじまき鳥クロニクル』……ほか
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2025/1/11/06:50
Chapter **, pp.**–**
「百年」と「マコンド」の歪み
『百年の孤独』(以下、本作)の物語時間について、鼓直は「訳者あとがき」で以下のように規定している。
作者によれば物語の終わりは一九二八年というから、それと一八二八年にはさまれた百年(……)
(G・ガルシア゠マルケス『百年の孤独』鼓 直 訳、新潮文庫、六四一ページ)
同じく「訳者あとがき」によると、「結末に至って初めて、この物語がすでに百年の昔、ジプシーの長老メルキアデスによってサンスクリット語で羊皮紙に記されていた(p.638)」とされる。件の羊皮紙が初めて登場するのは、第4章(本作に章立てはないが、全体が20のパートに分かれており、便宜上「章」と称す)、ブレンディア家に居室を与えられたメルキアデスが「パイの皮のように割れる、ぱさぱさした材料で造られたとしか思えない羊皮紙(p.115)」に「謎めいた文字を何時間でも書きなぐっていた(同)」という記述だ。この羊皮紙には「この一族の最初の者は樹(き)につながれ、最後の者は蟻(あり)のむさぼるところとなる(p.622)」という題辞が付されていたことが、やはり結末近くに明らかになる。
とすると、1828年の出来事に当たるのは、ホセ・アルカディオ・ブエンディアが樹につながれたこと(第4章、p.127)なのか、はたまた若き日の彼が妻ウルスラとともにマコンドの地にやってきたこと(第2章、pp.41‒43)なのかよくわからないが、鼓が述べるように、本作はこの100年を「リニアーな時間の流れをほとんど踏みはずすことなく記述したものである(p.638)」。と同時に、本作で描かれる100年は「前後に自在に伸びて数百年の年月をそのうちに取りこみ、マコンドもまたラテンアメリカ(……)の全体に押し広げられ(pp.641‒642)」てしまう。
(後略)
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(目次)
はじめに
2025/1/11/06:50
Chapter **, pp. **–**
「百年」と「マコンド」の歪み
2025/1/15/06:15
Chapter 1, pp.9–34
重力の響き「出かけませんよ」
2025/1/17/14:14
Chapter 2, pp.35–62
愛は時空を超える
2025/1/25/13:59
Chapter 3, pp.63–95
記憶の外部化、でっちあげた架空の現実
2025/1/27/15:51
Chapter 4, pp.97–127
屋敷のなかが恋であふれる
2025/2/7/20:10
Chapter 5, pp.129–162
兄弟の豹変と変貌
2025/2/16/05:21
Chapter 6, pp.163–190
この世界は不安定で不完全で理不尽だ
2025/3/9/07:56
Chapter 7, pp.191–221
真実がついに明らかにされなかった不思議な出来事
2025/3/13/19:13
Chapter 8, pp.223–252
心のやすらぎを得た者
2025/4/6/08:14
Chapter 9, pp.253–283
追い越していく予言
2025/5/24/17:56
Chapter 10, pp.285–316
シュレーディンガーの双子
あとがき
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著者プロフィール
板垣 崇(いたがき・たかし)
1976年横浜生まれ、盛岡育ち。現在、武蔵野市在住。読書会、哲学対話など語り合いの場を中心に、「読む、話す、書く」をテーマに執筆活動を続ける。
『百年の孤独』とは?コロンビアの作家、G・ガルシア=マルケスの代表作。1967年刊。架空の村(町、市)マコンドを舞台に、ブエンディア家の栄枯盛衰を描いた年代記。鼓直(つづみ・ただし)による邦訳は72年に刊行(新潮社)。99年の全面改訳を経て、2024年6月に刊行された新潮文庫版は、海外文学としては異例のベストセラーとなった。