私の沈黙に付き合って。
生唾を飲み込む音に耳をすまして、息を吸うことをためらって、じっと動かないで、蚊に刺されても眉ひとつ動かさないで、年が明けても喜ばないで、ご飯が炊けても知らん顔して、ごちそうさまが聞こえても目を閉じていて。
だって、私の沈黙に付き合ってくれるのでしょう。そう言ってくれたじゃない。私の早とちりなんかじゃないわ。
沈黙は澄んだ水なの。
余計なものが底へ落ちるまで動かないでいることがみそなのよ。みそ汁みたいにね。だから私はみそ汁の、みそとお湯が美しく分かれる時を待ってから飲んでいるのよ。あまり美味しくないけどね。
水以外はなにもいらない。
音もいらない。味は必要ない。言葉も不要。ただの水であることが肝心。
そして、私の沈黙が出来上がったら、茶さじで丁寧にゆっくりとすくってみるの。
沈黙が揺らいで、底のものと混ざらないよう気をつけてね。
私の沈黙はそこにある。ほら、付き合ってよ。
私の沈黙に付き合って。
鼻からゆっくりと息を吸って、身を潜めている気分で吐き出して、息を体の中に入れっぱなしにしないで全てを出しきって、やっと息が吸えると思った時に、私の沈黙をじっくり見て。
冷や汗が体の中まで伝ってくる。心臓まで垂れ下がって来て、その冷たさに心臓が驚いて止まってしまう気がして、次の瞬間が早く来て欲しくなる。
次の瞬間。次の言葉、次の私。
私が次へと向かっていく時、私の沈黙はどこに行くのかしら。あんなに待って分離させた沈黙を、私はどうして、あっけなく、放ってしまうのかしら。
また、作れるかしら。私に出来るかしら。もしかしたら作れないかもしれないと思うと、私はまっくらになるのだけど、どうしたらいいのかしら。
よかった。まだ、私の沈黙はそこにあった。
もう一度、私の沈黙に付き合って。
そこの、あそこの場所で、もう遠い昔のことだけれど確実にあったのだと、私の沈黙を書き残しておいて。
付き合ってくれた人にしか出来ないことなの。お願いよ。
私の沈黙。私の無言。何もないってことだって、立派な歴史でしょう。
だって、何かあるってことはいつか消えてしまうでしょう。何もないってことは消えない。何もないってだけ。
何もなかった。以上。それだけでいいの。
私の沈黙に付き合ってくれて、何もなかったと書き残してくれてありがとう。
沈黙があったと、見届けてくれたのね。
こんな私に付き合ってくれるなんて、人類の中でも飛び抜けて変わった人だから、社会に馴染めず大変だったんじゃない?
でもそんな人が居てくれて、私はとっても嬉しいわ。ありがとう。書き残してくれる人。覚えていてくれた人。
私は、悲しい私ではなくなるの。
誰も知らない沈黙ではなくなったの。
嬉しい。私は悲しくない。
次の私が、次へと向かったとしても、きっとまた沈黙を待つわ。
私の沈黙を、じっくり、ゆっくりと私が付き合えるの。次の私が訪れる瞬間が待ち遠しくなれたの。
嬉しい、嬉しいわ。
私はもう悲しくないの。
このこラパン
パルパ・プルマ・ラルリレロ・ポーン・ラパン。風が吹くとやわらかく揺れる毛並みが自慢なのさ。
くしゅんとくしゃみをしてから、小さな前足で鼻をこするのさ。これは朝のごあいさつで、高貴な存在の証なのさ。
いつか分かる日がくると思って、晴れでも、雨でも、曇りでも、こわい雷が聞こえる日でも、
パルパ・プルマ・ラルリレロ・ポーン・ラパンはお空を見上げる。
いつか分かる。そう思うことでしか胸の奥で泣いている、小さなパルパ・プルマ・ラルリレロ・ポーン・ラパンをなぐさめることが出来ないのさ。だから見上げるのだ。
立派な名前。
誇らしい名前。
うっかり言い間違えそうになる名前だけれど、パルパ・プルマ・ラルリレロ・ポーン・ラパン。何度でも口に出して。優しく呼んでおくれ。
それ、そこの、これ、こいつと呼ばれると、嫌われているんじゃないかと疑ってしまう。あれ、あいつはもっと最悪。
毛なみだけでなく、全身を巡る血まで逆立って、嫌っていたとしても呼びようがあるだろう! と言って突進してしまう。
気丈にふるまっていても、投げ捨てるように名前を呼ばれたら、指をさされたら、ぽろりと涙が出ちゃうもんなんだ。
パルパ・プルマ・ラルリレロ・ポーン・ラパン。
気持ちをこめてラパンと呼んで。
優しいあなたと一緒に自己紹介がしたいのさ。
このこは賢いラパン、聡明で勇敢なラパン。ついでに褒めてほしい。
このこラパン。
だけでもいいけれど、おまけでいいから褒めてほしい。
優しく名前を呼んでおくれ。
そうしたら嬉しくてね、照れ隠しにくしゃみをしてから、笑えちゃうのさ。