☆文学フリマ初売りです!昔の作品ですが…(汗)
むかしむかし、大きな岬を荒らしまわって居座っている怪物がおりました。誰の手にも負えないその者は『ナラズ』と呼ばれるようになりました。生きものは全てナラズを避けて隠れ住むようになり、ナラズはとても孤独でした。そこへ、知りたがりの人間の男がやってきて仲良くなります。そして、離れた森の奥に得体の知れない化け物が棲んでいるとの噂を聞き、そこへ勢い盛んに乗り込むのですが……。ハッピーエンドのお話です。
あるところ、海に突き出た大きな岬に、どうしようもなく手のつけられない暴れ者がおりました。その者は小山ほどもある大きな体で、熊にも虎にも似た姿形、人のように二本の足で歩きました。針金のようなざんばら髪とぎょろりとした目は深みのある黄金色で、大きく裂けた口の両端から鋭い牙をのぞかせ、肌は赤銅のように輝く毛で覆われていました。
それは一瞬たりともじっとしておらず、あっちの山を崩し、こっちの川を堰き止め、平らな土地には大穴を掘り、海に出れば水を陸へ、岩や土を海へと振りまいて、やたら滅多に荒らしまわっていました。
それは生きものに対しても同じでした。動くものを見つければつまみあげてはじき飛ばし、怪我をさせたり踏み潰したり。木や草も引っこ抜いては放り投げ、散々痛めつけておりました。けれどそれらを口に入れたりはしませんでした。どうやら何も摂らなくとも生きていけるらしく、『食べる』ということをを知らなかったのかもしれません。
陽が落ちると少しはおとなしくなるのですが、月が昇って周りを照らし、何かが目に留まるとまたそれを壊したり荒らしたりしはじめるのでした。それが眠りにつくのは陽も月も星もない闇夜のときだけでしたが、そんな夜はまれでした。
見かねた神の御使いたちはその者を説得したり押さえつけようとしたりしましたが、そのあまりにも強い力には太刀打ちできませんでした。御使いたちにさえどうにもならないその者は、いつしかナラズと呼ばれるようになりました。
力及ばずと知った御使いたちはナラズとその地を見捨てて去っていきました。そこで暮らしていた人間たちもほとんどがついていき、残ったのは他へ移る余力のない弱い者ばかりでした。彼らは家を建てたり畑を作ったりすれば見つかって壊されてしまうので、海のそばから森の奥へ移りました。ナラズがあまり来ないそこで自然の穴ぐらに身を潜めたり、木に登って木の葉にまぎれてひっそりと暮らしました。彼らはずっとおびえながら生きてゆかねばならないと、なかばあきらめていました。獣たちもナラズを恐れて隠れて生きるようになりました。
自分をうるさく戒める者がいなくなったナラズは、それまでどおり好き勝手に暴れ、飽きると呆けたように空や海、遠くにそびえる山を眺め、それにも飽きるとまた暴れるの繰り返しでした。
ナラズが好むのは海の近く、波の音が聞こえて山の頂きが望める乾いたところでした。その辺りの陸はむきだしの土や岩ばかりとなり、遠浅の海もいつも濁っていました。そこでは運良くナラズの関心を引かなかった草木や、彼がつまめない小さな虫や貝などの生きものしか見かけなくなってしまいました。
手の届くところに動く生きものを見なくなったナラズは、とても孤独でした。胸のうちにもやもやする思いを抱えていましたが、それをなんと言うのかわからずに永い時が過ぎました。
ある日、ナラズは波打ち際で岩や砂を遠くに投げて遊んでいました。沖にはナラズがそうやって作った小さな島がいくつもあり、海鳥たちの住処となっていました。鳥たちは飛んで逃げられるのでナラズを恐れてはいませんでしたが、常に警戒して近づきませんでした。ナラズが現れると小島の向こう側に姿を隠すので、高く飛んでいる以外は姿を見ませんでした。
ナラズが岩投げに飽きたころ、ひとりの若者が近づいてきました。神の下部である御使いたちでさえ手に負えなかった彼の噂を知って興味を持ったのでした。若者はナラズに襲われ隠れ住む人々から話を聞きだし、しばらく遠くからナラズをようく観察して、いい頃合と思ってやってきたのでした。
「よう、ナラズどの」
呼びかけられたナラズは振り向きました。少し離れたところに若い男が立っていました。
「おお、なんだおまえは、人か」
「ああそうだ。おまえさま、どうして岩を投げていたんだい」
「そうしたくなったからだ」
「木を引っこ抜いたり、生きものを踏み潰したりするのはどうしてだ」
「そうしたくなったからだ」
「今していないのはどうしてだ」
「そうしたくなくなったからだ」
ナラズは若者に向き直り、その顔をねめつけました。
「変なことをいちいち聞くやつだ。それを聞いてなんになる」
「おまえさまを知りたいのさ。噂ではおまえさまはずいぶんと強いそうだな」
若者は怖れを隠してなんでもないように言いました。ナラズはにやりとして応えました。
「おお、俺さまは世界でいちばん強いぞ。小うるさいみっかいだって俺さまにはかなわないぞ。おまえなんかこの指でぷちっとつぶしてやる」
ナラズはぐいっと体と手を伸ばして若者の胴をつまみ、持ち上げました。みぞおちに指が入って爪が食い込みました。とても痛くて苦しかったのですが、彼は我慢して言いました。
「まあまあ、何でもすぐにつぶさぬほうがいい。俺はおまえさまにとって得かもしれないんだぞ」
「得だと。騙されるものか。みっかいたちがよくやる手だ」
若者はうんざりした表情で言いました。
「俺はあいつらは好きじゃない。偉そうに指図ばかりだ」
「おお、そうだな。あいつらは偉そうだ」
ナラズは意外そうに目を見開き、うんうんとうなずきました。若者は苦しさをこらえて言いました。
「あいつらは指図ばかりして、その理由や本当の意味を言わない。それが俺には腹立たしいのだ」
ナラズは若者の顔を覗きこみました。
「ほう、なにが腹ただしいのだ」
ナラズの興味をひこうと、若者は話しだしました。
「そうだな。たとえばあいつらは、畑をよく耕せと言うが、なぜ耕すとよい作物が取れるのかを言わない。魚をとるときは、細かい網を使ってはならないと言う。病にかかったときはこの草を煎じて飲め。なぜなのか知らずともよいといった態度だ」
ナラズはおう、おう、と相槌を打ちました。
「しかしおまえたちには役に立つことを教えてくれるのだろう、それの何が不満なのだ」
「他の者は教えを聞いていれば食べ物がたくさん取れるし、困りごとも片付くから黙って従っているが、俺は違う。なぜ空は青いのか、なぜ岩は固いのか、なぜ火は熱いのか、なぜ水は生きものに必要なのか。世界のさまざまな由来を俺は知りたいのだ。そうすれば、他のことにもあてはめて役立てられるかもしれない」
「ほほう、おまえは知りたがりなのか。さぞかしみっかいにうっとうしがられただろう」
サンプルはここまでです。 ピクシブにはもう少し長く載せています。