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【創世神話五作目です】
奥底の神が眠りにつき、世界は静かに穏やかになりました。天変地異におびえることなく暮らしやすくなった生きものたちでしたが、死んだ後の魂は天に昇ったまま還ってこなくなりました。それは、世界から力が失われることを意味します。下部たちは話し合い、魂を集め管理する場所を作ろうとします。一方、港町を旅立った時の神と闇の神でしたが、道すがら意外な人物に出会います……。
※表紙のデザイン、紙の種類が見本と違う場合があります。
「留まれる園」
まどろみの神の力を得ようとした奥底の神は、それは叶わずに深い眠りに落ちたままでした。それにより、奥底の神が怒りや悲しみをたぎらせて自然を傷つけ崩してしまうことがなくなり、世界はとてもとても穏やかに静かになりました。
おかげで生きものたちはいつ訪れるかわからない天変地異の不安がなくなり、のびのびと暮らしていけるようになりました。とりわけ、遠く離ればなれになった大地の神と大風の神が惹かれあい思いあう間の土地空間は充分に温かく潤いがあり、植物にも動物にも棲みやすいところでした。
その土地空間を、神の下部たちは『留まれる園』と名づけました。生きものたちが力尽きて死んでも、それまでの経験『生きた証』が刻まれた『魂』とも呼ばれるそれがその地には留まり、また新しく生まれ変われるからでした。園の外の土地では、死んだ生きものの魂は輝く月に吸いこまれるように昇っていき、二度と還ってはきませんでした。
それを知った生きものたちは留まれる園を目指して集まってくるようになりました。園に生きものたちが増えるにつれ衝突や軋轢も増え、違う意味で少しずつ棲みづらくなってきました。何よりも、生きものたちは奥底の神に与えられた『奪う力』により、他者を喰らって自分の活力とし、生きていくようになっていたのですから、それはかなしく酷なことでした。
代を重ねるうちに、生きものたちは自らに刻みこまれた生きた証を背負うのが辛く苦しくなってきていました。世界は穏やかになったのに、生きものたちはみな生きることに疲れ倦み、それでもなお生きたいと望まずにはいられないのでした。
そして大地の神は、奥底の神のした事をおぼろげながら感じ取ってはいましたが、生きものたちの苦難をいまだ知らずにいたのでした。
* * *
呪いによる悲しみから目覚めた大地の神は、お供の灰色の大蛇と共に大風の神の待つ居所へと歩みを進めていました。とにもかくにも大風の神に会いたい、それはもともと一つの塊であった二つの神の当然の願いでした。
大地の神はひたすら歩き続け、以前人間の金の髪の兄弟に作ってもらったくつは底が紙の様にすり減り、甲も破れて足の指にかろうじて引っかかっている有様でした。その最後の繊維の一筋が今にも切れそうになるころ、大地の神は足を止めました。
強い日差しが焼けるように照りつけ、辺りの土地はからからに乾いていて、少しの風でも土ぼこりがたちこめました。ところどころに岩が突き出たり枯れた木が倒れ、その影に固い葉を持つ潅木が縮こまるように繁っていました。
大地の神のそばには両腕を伸ばしても抱えきれないほどの太さの木が倒れて、半ば埋もれていました。枝についた茶色の葉は数少なく、風が吹くたびかさかさと音を立てました。大地の神はその大木によじ登り、腰掛けて体を休めました。
すると、その向こう側にもう一本、少しばかり細めの木が横たわっていました。そちらの木はずいぶん前に枯れたようで葉は一枚も残っておらず、樹皮はひび割れ裂けて、元はどんな木だったのかわからないほど干からびていました。大木の枝がその木を抱きかかえるように重なっていました。
蛇は大木の陰に身を寄せました。旅の間中ずっと大きくなりたいと望み、そのとおりに体が太く大きくなり、頭は一抱えもあって人がまたがって乗れそうなほどでした。蛇は大地の神の足を覗きこんで言いました。
「このくつも、これまでのようですね。人のこしらえたものにしてはよく役に立ったほうでしょう」
大地の神は少し疲れた顔で微笑みました。
「ここまで無事に来られたのも、このくつが奥底の神から気配をさえぎってくれたおかげです」
大地の神がくつをいたわるように触れると、その繊維はついに切れて足から外れました。地に落ちたくつは粉々に崩れてしまいました。それでもはだしの足はみずみずしく、くつ擦れも固くなったところもありませんでした。ただ、最後までくつを引っ掛けていた左足の薬指は折れ曲がって、丸く縮こまっていました。
蛇は頭を上げて言いました。
「ここからはどうぞ、己の背にお乗りくださいませ。このために、己は大きくなることを願ったのです。奥底の神に気取られずに居所へ向かうには、そうするしかないでしょう」
大地の神は蛇の頭に触れて言いました。
「それではおまえに面倒をかけてしまいます。ただでさえおまえはわたしのために二度命を投げ出しました。これ以上はとても……」
そう言いかけたとき、腰掛けていた大木が小さく震えました。大地の神は驚いて、その幹に両手を当ててじっと見つめました。枯れ木と思っていたそれは、大地の神に創られたのちに目覚めた樹木たち、森おとこと呼ばれる植物の守り手でした。
「どうしたのですか、我がいとしき子よ」
大地の神は優しく呼びかけ、幹をなでました。かすれた声がうめくように聞こえました。
「かなしいのです。かなしいのです」
「なぜですか」
「わしのつれあいは枯れてしまった。もう二度と、ひこばえも生えない。みんな、みんな去ってしまった。わしらが育てたものたちはみんな、みんな」
大地の神はその悲しみがそのまま浴びせかけられたように震え、体を抱えました。
「傍らの枯れ木は、おまえのつれあいなのですね」
そして手を伸ばしてその木に触れました。けれどもその枯れ木は何も応えず、潤いが戻ることもありませんでした。
「奥底の神は度々怒ります。その怒りが地を裂いて流れ、土を焼き草木をすべて枯らしてしまうのです。わしらが何度育てなおしても、奥底の神は怒りを捨てない。つれあいは望みを失い、生きるのをやめてしまった」
大地の神は辺りを見回しました。
「望みを捨てるにはまだ早いとは思いませぬか。それでもこの地でたくましく生きていこうとするものはいるではありませんか」
大地の神は潅木を指し示し、励ますように微笑みかけました。森おとこは言いました。
「わしらが愛したのは涼しい風にそよぐ木々。柔らかな下草になめらかな苔。美しい花と実をつけるみずみずしい森。それを覚えているのは、もうわしだけとなってしまった」
「そんなに嘆くことはありませんよ」
大地の神は優しく諭すように言いました。
「たとえおまえたちが滅んでも、また蘇ることができるのですよ。まったく同じにはなれないでしょうが、世界を形づくっている輝きは変わらないのです」
かつて蛇は似たような言葉を聞きました。それが具体的にどんなことなのか、いまだに理解できませんでしたが、それを自分が恐れているのはわかりました。森おとこもおそらくそうでした。森おとこは言いました。
「わしは、わしのつれあいと過ごした幸せな日々を忘れたくはないのです。毎日森を見回り、小さな芽が顔を出しているのを見つけた喜び。それらがすくすくと育ち、緑の葉を広げ、花をつけるのを見守る愉しさ。仲間たちとその日見たことを伝え合い、喜びを分かち合う安らぎを」
森おとこは自分の生きてきた道をぽつぽつと語り、こう結びました。
「そうして、そんなわしらを覚えている植物たちが、とりわけ彼女が生き返らなければ意味が無いのです」
蛇もまた、大地の神と過ごした日々を大切に思っていましたので、その気持ちが痛いほどわかりました。それでも、大地の神がそう決めたのなら従わなくてはならないでしょう。
「ああ、奥底の神が憎い。あのお方がこんな仕打ちをしなければ」
森おとこは体を震わせました。大地の神は幹に覆いかぶさるように抱きしめ、頬を寄せました。
「奥底の神を恨んではいけません。あれもまた、忘れられたことが悲しくて仕方が無いのですから」
蛇は驚いて言いました。
「奥底の神は、あなたさま自身も、その子らも苦しめているのですよ」
大地の神は体を起こして蛇の瞳を見つめ、そっと首を振りました。
「忘れられた悲しみは、それほどまでに強いのですよ」
大風の神に忘れられた大地の神の言葉に、蛇は何も言えませんでした。
「それでも、生きものが力を奪い合うさまは本当に酷なものでした」
大地の神はその言葉に首を傾げ、座りなおしました。
「それはどういうことですか」
森おとこは、大地の神が居所を離れてから、奥底の神が何をしたのかを語りました。生きものたちの生きる力が欠けたこと。奥底の神がそれを補うために『奪う』力を与えたこと。
【サンプルはここまでです。ピクシブにはもう少し長く載せています】