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こちらのアイテムは2026/5/4(月)開催・文学フリマ東京42にて入手できます。
くわしくは文学フリマ東京42公式Webサイトをご覧ください。

【委託】あなたが美しさと呼んだから(前)

  • 南1-2ホール | C-23 (小説|エンタメ・大衆小説)
  • あなたがうつくしさとよんだから まえ
  • 佐野 みう
  • 書籍|B6
  • 100ページ
  • 1,000円
  • 2026/5/4(月)発行
  • 「夜中に呼び出してごめんね。ちょっと話聞いて欲しくって」
    深夜0時。学校の多い街だからか、ざわつきが途切れないファミレスのボックス席。 ドリンクバーとは思えないほどおいしいと評判の、豆を挽いた香ばしいコーヒーの匂いがする。けれど私が選ぶのはこんな時にしか飲まない緑色の炭酸。メロンソーダが注がれたグラスの中で、泡がはじけて氷がカランと音を立てる。注文したモンブランは、まだ届かない。 喧噪の中で、誰かの声に紛れ込ませるようにしてしかできない話が、今の私にはある。
    去年、私、一回死んだんだよね。
    あ、別に幽霊になってここにいるわけじゃないよ。でも、物理的にも精神的にも、あの時たしかに「私の中の何か」が死んだ。めちゃくちゃに。きつかったのか、すがすがしかったのか。 それからの一年は、一言で言うなら「膿」を出す作業だった。 人間って、簡単には生まれ変われないんだね。 二十年分、溜めに溜め込んだドロドロしたやつ。それを一年かけて自覚させられて、泣きながら、吐きそうになりながら、時には誰かに助けられて、絞り出して。ようやく姿を取り戻したのが、今の私。
    ねえ、信じられる? 四十度の熱で肺炎になって、息も絶え絶えになってる私に、一番近くにいたはずの旦那がしたのは、ゼリーを枕元に一つ置くだけよ。
    あの時、息もできずにもがき苦しんだ私と一緒に、「健気な母」も「聞き分けの良い妻」も、綺麗さっぱり死に絶えたんだと思う。
    そこからのことは、正直、自分でもどうかしてると思うよ。 不倫もした。瀬田さんっていう、自分でも怖くなるくらい重い愛情を注いでくれる人に出会って、7センチのヒールを履いて、隣を歩いた。私が憧れて焦がれたものを、「女」であることを思い出させてくれた。
    でもね、結局のところ、私は誰かに縋りたかったわけじゃないんだよね。 瀬田さんに救われたのは事実だけど、彼の愛に溺れていたいわけでもない。 というか瀬田さんとは、この間別れたばかりなんだ。フラれちゃった。 案外あっけない結末だったんだ。
    「……バカだなって思うでしょ?四十も過ぎて、あたふたと。でもきっとこのタイミングじゃないと、なんにもできなかった」
    でもさ、きっとこのタイミングじゃないと、なんにもできなかった。 生まれ変わろうとも。血迷おうとも。
    この話を全部吐き出し終わったあと、私はもう、同じ過ちは繰り返さないって決めたんだ。 旦那に人生の全てを預けてしまって失ってしまった二十年。 どうしたらいいのかわからなくて、もがいて、死んで、血迷って、路頭に迷った一年。 そうやってようやく見つけた「これから」を、私は逃がすつもりはない。 なにがあってもひとりで生きていけるようになるつもり。
    どうしてそんな風になっちゃったのか、ちょっと長くなるけど、最後まで付き合ってくれる?
    私の、バカみたいで壮絶な、ひとり立ちの一年の話。

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