「すみません。家賃が払えないので、今月もお金を貸してもらえませんか」
とある夏の日、世間を震撼させた大型不正事件の現場で、容疑者や関係者たちが出てくるのを待ちながら、私は母親に電話をしていた。
事件を起こしたのは、日本を代表する大企業だった。幹部らが会社ぐるみで不正に関与していた疑いが浮上し、連日トップニュースになっていた。
この日、本社前には新聞社やテレビ局の記者、カメラマンたちが大勢詰めかけていた。誰かが姿を現せば、一斉にマイクとカメラが向けられる。みんな、汗だくになりながらその瞬間を待っている。
そんな世間の注目が集まる現場で、私は母親に生活費の無心をしていた。
「この場で貧困にあえいでいるのは、私だけではないか」
ありがたいことに、フリーライターとしてそれなりに忙しい日々を送っている。だが、手元の現金はゼロだ。むしろ、クレジットカードの負債が何十万円もあり、毎月の税金の引き落としに愕然としている。あれほど必死に働いて得た金は、いったいどこへ消えたのだろうか。
マスコミ業界にいれば、それなりに裕福になれると思っていた。実際、大手出版社の編集者は30代で年収1500万円を超えるとも聞く。周囲で汗だくになりながら家庭用ビデオカメラを準備している中年記者たちも、身なりこそだらしないが、大手新聞社やテレビ局に勤めている以上、相応の収入があるのだろう。
ただ、フリーライターはそうではないらしい。2025年8月、フードライターの白央篤司氏はXにこう投稿した。
「ライター稼業の整理、ということをこの1年でものすごく考えるようになった。私を必要としてくれる人はいるにはいるが、彼らの提示するギャラでは全く生きてはいけない。今後は親の介護も一人っ子の私にきっとのしかかってくる。そもそも全然稼げていない。もう今までみたいには生きてはいけない」
私にも毎日のように原稿依頼が来る。金額も極端に低いわけではない。だが、労働量に見合うほどの自由な時間は、もはや残っていない。
それでも私は、企業勤めのサラリーマンという道を選ばなかった。その結果、フリーランスのため、正社員以上に働かなければ税金を払えない。自由を謳歌できる一方で、あらゆる負担を背負っている。
同年代の友人たちは結婚し、子どもが生まれ、新築一戸建てを建てようとしている。私は夢だったフリーライターという仕事を選んだため、金もなければ恋人もいない。こんな働き方を続けていれば、長くは生きられないこともわかっている。
「いったい何が悪かったのだろうか」
記者たちの汗の匂いに囲まれながら、私はマスコミ業界に就職してから、フリーライターとなった今に至るまでを思い返していた。