今回の出展作は、十年前の冬、二泊三日で東京のサウナと二郎を巡った記録。胃袋と精神の境界線で起きた、熱くて「ぬるい」記録です。ハードな現実をソフトに生き抜くための、半熟な言葉たちをどうぞ。
ラーメン二郎、今はなきグリーンプラザ新宿、川崎ビッグ、について書いてます。
第一章 熱病とこだま ── 浜松発、十年前の焦燥
忘年会の二日酔いを引きずりながら、男は朝九時台の新幹線「こだま」に体を沈める。インスパイア系では満たされなくなった渇望。車窓から見えた富士山に「格の違い」を感じながら、十年ぶりの東京へと向かう。
第二章 暴力的な山肌 ── 西武線の果て、初めての「本物」
都心から離れた郊外の駅。五十人を超える行列の先で待っていたのは、見栄も衒いもない剥き出しの厨房だった。新幹線の車窓で見た富士山を彷彿とさせる野菜の山と、箸で崩れる「豚」の塊。初めて対峙する本物の引力。
第三章 白亜の城と鍋の湯気 ── 新宿歌舞伎町、今はなき「ぬるい」聖域
歌舞伎町の喧騒から切り離された巨大なカプセルホテル。少し物足りない「ぬるい」サウナと水風呂の後に待っていたのは、学校の教室のように男たちがひしめく活気あふれる食堂だった。一人用の鶏鍋と瓶ビール、そして喪われた空間への鎮魂歌。
第四章 名画座の暗闇と、極彩色の丼 ── 横浜・黄金町の記憶と「汁なし」の洗礼
二日目、学生時代の退屈を埋めてくれた横浜の街を歩く。今はなき名画座のタバコの煙と、ディスカウントストアに姿を変えた古書店。そして関内で出会ったのは、卵黄、ニラキムチ、粉チーズが混然一体となった極彩色の「汁なし」だった。
第五章 灼熱の湯と冷やしトマト ── 川崎の地下大浴場、あるいは昭和の残骸
アンダーグラウンドの匂いが漂う川崎の歓楽街。高齢者たちが集う容赦のない熱さの地下大浴場と、無造作に置かれたすけべ椅子。静寂に包まれた食堂で水っぽい冷やしトマトをかじりながら、男は旅の孤独を味わい、翌朝の堅実なハムエッグ定食に救われる。
第六章 沈黙の職人と富士の稜線 ── 品川、ニンニクの欠落と旅の終わり
最終日、高層ビル群の足元にある品川の店へ。「どうぞ」という小さな手振りだけでラーメンを供する寡黙な職人たち。ニンニクを入れ忘れるというアクシデントが、かえってスープの真の輪郭を浮き彫りにする。帰りの新幹線、缶ビールを片手に再び富士山を見上げながら、男は日常へと帰っていく。