オタク、もっと言えば「推し活」と批評は相性が悪いと言われがちです。物心ついたときからずっと何らかのオタクをしている私ですら、諦めたくなる機会の方が多いような気すらします。けれども、少なくとも自分の観測範囲においては、それを諦めるにはあまりに強引で性急すぎると感じる瞬間もまた数えきれないほどに存在しています。
括弧書きの「推し活」については注釈を100個付けても足りないほどに思うところがあるし、この言葉を見聞きするようになってある程度時間が経ってもなお未だ引き受けきれない概念ではあります。しかし、それでも「推し活」の当事者代表格として、アイドルオタクとして、こちらもまた括弧書きの「ジャニオタ」だった人間として、自らの現在地と視座を問い直し、批評らしきものに己の手を伸ばしていくことが必要だと考えています。正直、批評というものが何なのかはよくわからないけれども、0か100かではなく、その間にある、インターネットではいろんな意味で語りにくいことを語りたい、語らなけれればいけない。
そして同時に、“不要不急”の最たるエンターテインメントを愛する人間として、権力による人為的な“有事”を起こさせないために、政治や社会について語ることもまた必要でしょう。
ひとつお伝えしておきたいのは、私と今回集まってくださった皆さんには「STARTO ENTERTAINMENT所属タレントのファンであること」しか共通点がありません。それぞれの好きなグループも一致していません(ただし企画・編集である私の関心の範囲に依存する交友関係の問題でSixTONESもしくはSexy Zoneのファンであるという意味では偏りがあります)。何か特定の主張に同意していただいたわけでもありません。個々のエッセイに関しては、皆さんが今一番書きたいものを書いてくださいとお願いしたのでテーマの相談とかされてもほとんど突っぱねたのに近い態度をとっていたし(ありえない)、座談会についても開催時点で話したいことを話してほしいと思い私はほぼ舵取りをせずずっと酒を飲んでいました(ありえない)。グランドルールとして、あらゆる差別に反対するということだけはお願いしましたが、びっくりするくらい何も決めず走り出したし、脱稿した今も通底するものってそんなにないなと思います。ただこの2026年2〜3月の間に各々が考えたこと、書きたいことを本にしたというのが正確なところでしょうか。
あえて主語を大きくしましょう。
私たちは、自分の感情を自分自身で考えるところから始めなければならない。そのためには他者の言葉が必要だし、けど他人の意見を読むのって元気じゃないとできないし、それができたとていざ自分の視界を語るのって難しい、片手間にできるようなことではないけれども、どこかで聞いた言い回しを咀嚼する間も無く彼方へ放り投げるのではなく、まずは立ち止まって、今自分が何を感じ何を考えているのか、見つめ直すところから始めましょう。
そのためにどうぞこの本を役立ててください。執筆者それぞれが考え、己の力で言葉にしたことを、まずはあなた自身で受け止めて、考えて、気が向いたら言葉にして、安全な方法で教えてくれたら、それ以上に幸いなことはないでしょう。
好きなところも、ウーンと考え込んでしまうところも両方ある。公開インターネットに書くべきなのか/書いていいのか分からない/書きたくないことも、好きなアイドルに関わっている企業や個人にウッという気持ちになることも、逆にマジありがとう愛してると思うことも、全部それぞれ独立し関係し合いながら存在している。でもそういうことを話す場として、2026年現在のインターネットが適しているとは、私はもう思えなくなってしまった。けれど、それでも、書くことを、語ることを、残すことを、伝えることを、話すことを、あなたといつか目が合う日が来ることを、諦めたくはない。そのためにもう少しだけ、手を尽くしたい。