数年後、スズはアビゲイルの仕事を引き継ぎ、ひとりで墓守りを続けていた。そこへ、禁忌魔法を探す少年ルチルが訪れたことで、事態は動き出す……。
一:墓守りの魔女と魔獣憑きの子ども
アビゲイルは墓守りの魔女である。厳重に結界を張った森に住み、森の奥に眠る死者たちを弔っている。アビゲイルがこの森に棲み始めて、数百年。魔女の集会や時折友人や魔女への依頼人たちが訪れる以外、変化のない日々の営みが続いてゆくはずだった。そのはずだった。
「アビー、森の入り口ににんげん!」
朝の光を浴びながら、アビゲイルは夜の底に眠る墓場から戻ってくる。夜通し墓守りをしてきたところだった。夜の色をした髪が風に揺れている。丈の長い黒いコートの裡に黒いショートパンツ、黒いロングブーツを隠している。夜の残滓を纏ったままのアビゲイルを待っていたのは、烏の姿をした魔獣のロクだった。小屋の前に吊り下げられた鳥籠の上に捕まって、カアカアと鳴いている。ロクは人語を解す、アビゲイルの契約魔獣だった。烏の魔獣の群れのなかで人語を解す個体が現れると、アビゲイルに従う契約をはるか昔に結んでいた。今は六代目なので、ロクと呼ばれている。
「あたしは疲れて、眠たいんだ」
鬱陶しそうに掌を翻し、追い払う仕草で返す。しかし、ロクはそれを気にも止めず言葉を続けた。
「まだ、こどもだ! ちいさい!」
キイキイと高い声で囀るロクの言葉に、アビゲイルはちいさく舌打ちをした。赤い瞳に苛立ちの影が落ちた。森のなかに入って来ることができるのは限られた人間だが、森の手前までは誰でも辿り着ける。そして、そこには彼らが不要と判じたものが――物も人も関係なく――よく、置いていかれるのだった。
大人であれば放っておくが、今回は子どもだと言う。腰まである長い髪を適当に三つ編みにしてまとめる。面倒だな、とアビゲイルは吐き捨てて、それでも森の入り口の方へと足を向けた。トン、と左足を軽く持ち上げブーツのヒールを地面に打ち付ける。本来であれば、魔法陣を描き、魔術具である秘術盤(ミスティカタブレ)を用いて座標などを指定し魔術を行使する。秘術盤は、魔法陣と接続し追加情報の書き込みを行うことができる。しかし、ここは魔女の結界の内側。アビゲイルの領域のなかでは、魔術は思うがままに使うことができる。
アビゲイルは、森の入り口へと瞬時に移動する。確かに、境界に植えられたナナカマドの木の下に蹲る影があった。ゆるやかな足取りで近づいてゆく。カサカサと積もった色褪せた枯れ葉がちいさく音を立てた。それに気が付いたように、その影が顔を上げた。ほう、とアビゲイルは微かな息を漏らした。聡い子だ、と感心する。薄汚い髪のあいだから碧の眸が覗く。そのまなざしがアビゲイルを貫いた。それは、アビゲイルが知っている色によく似ていた。ひととき動きを止めたのち、そのまなざしはゆるやかな動作で瞼の奥に隠れてゆく。それを、惜しいと思った。
だれ、と弱々しい問いかけが落とされる。それに深いため息で返し、アビゲイルは結界の外へと抜け出た。五歳くらいの子どもの隣にしゃがみこむ。襤褸の布切れに辛うじて包まっている子どもは、肩まで伸びた髪で顔が隠れている。
「あたしはアビゲイル。この森に棲む魔女。気まぐれに助けてやっても良い。生きるか、死ぬか、選ぶんだ」
その言葉に、子どもがちいさく震える。そして、今にも掻き消えそうな声で、いきたい、と紡がれるのを、アビゲイルは確かに聞いた。
「いいぜ、これは特別だ」
とくべつ、に力を入れたアビゲイルは、その子どもを抱える。想像よりも軽い体重と細い身体に、舌打ちをひとつ。身体も冷え切っている。親か周囲の人間かに虐げられてきたのだろう。その相手に苛立ちを覚える。子どもを大切にできない人間が、アビゲイルは嫌いだった。
ふたたびするりと緞帳のあいだをすり抜けるように結界の内側へと戻る。アビゲイルの領域に戻ったところで、ブーツの左足のヒールを地面に叩きつけた。魔女と子どもの姿はその場から掻き消えた。
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