明日生きたくないけど、よいお年を
- 南3-4ホール | つ-25 (ノンフィクション|エッセイ・随筆・体験記)
- あしたいきたくないけど、よいおとしを
- もりみさき
- 書籍|文庫判(A6)
- 92ページ
- 800円
- https://x.com/mimi_7930
- 2025/11/23(日)発行
概要
必死に社会人として走っていたはずなのに、ふと鏡を見たらただ腕を振っているだけで前に進むことはもうできてなかった__。
日々抱いている感情やこれまでの人生で得た価値観としっかり向き合って、自分なりのペースを取り戻したいと思ったときに頭に浮かんだ14の出来事をエッセイとしてまとめたZINEです。
特別な体験はなく、どこかの誰かにもあったかもしれない経験を素直に文章にしました。
目次
- 人生相関図の端っこ
- 間に合っても乗らない電車
- ジャングルジムのてっぺんで深呼吸
- ぬいぐるみを撫でる
- また膝で眠ってくれたなら
- 季節を食べる
- お米のリズム
- 水との距離
- 感情のボタン
- お線香をななめに立てていた頃は
- 大きな切り株とギター
- ごましおサバイバー
- 器用貧乏、世にはばかれ
- 夢だらけの大人
試し読み
タイトル:ごましおサバイバー
初任給十六万円。残業代なし。ボーナスなし。有給休暇なし。社員三十名ほどのベンチャー企業。これがわたしの社会人人生の始まりだった。
今思えばかなり厳しい環境に身を置いている意識高い系だなと思うが、実際は社会人らしく働くことを拒んで、学生の延長で楽しく働けそうな会社に決めてしまっただけの覚悟も何もない人間だった。その証拠に、入社して一カ月ですでに後悔していた。
既存社員が三十人ほどの小さな会社だったにもかかわらず、なぜか新卒社員が十名以上いたので、当然一般的な新卒研修はない。入社一日目は入社式でもてなされたと思ったら、二日目からよくわからないまま任された「仕事のようなもの」をひたすら夜までおこなう日々が始まった。平日で仕事を完了させられなければ、当然のように土日を返上して働く先輩たちを見て、「土日を使っても締め切りを守る」ということが常識になっていった。
働けるだけ働いていたのに、手元に入ってくるお金は十四万円程度。そこから家賃や生活費を引いたら、自由なお金は数万円程度しかなかった。そのくせ仕事の拘束時間は長いので、ごはんを作る時間がもったいないくらいには早く寝たいのに、外食をするお金がない。好きなバンドのライブに行きたいのに、チケット代も交通費も払えない。学生時代の友達と遊びたいけど、今お金を使うと給料日までもたない。今思えばやりくりを上手にすればもう少し満足な生活ができていたのかもしれないが、当時は何かを考える時間を取るくらいなら、できるだけ長く眠りたかった。
趣味があればつらくても頑張れると信じていた時期もあったが、いくら音楽を聞いても本を読んでも、満たされるのは心で、お腹は膨れないし疲れも取れない。身体が満たされないことが続くと、次第に心は満たされなくなり、音楽を聴いても前のように心が躍ることが少なくなった。たまに行けたライブでも、ふとしたときに社長や上司に言われた言葉を思い出してしまい、音楽だけで満たされていたはずの空間が壊されたようで、そんな風にしか音楽を聴くことができない自分が嫌になった。
あの頃のわたしを支えていたのは、音楽でもなく、好きな小説でもなく、「ごましお」だった。黒ごまと塩が混ざった、ご飯にかける調味料のことだ。
当時、会社の近くには激安のお弁当屋さんがあり、わたしを含む貧乏新卒同期たちはそこの御用達だった。一つ350円ほどなのにご飯がもりもりに入っているので、昼食だけでなんとか夜までお腹を持たせる作戦で、毎日そこでお弁当を買っていた。量が多いのは嬉しいが、おかずに対してご飯が多すぎると、終盤は米を口に入れる作業になる。それが苦しかった。とはいえ、コンビニで同じようなお弁当を買おうとすると600円もかかり、毎日二倍近いお金がかかる。貧乏な状態の人は「お金がない」という不安で脳みそを圧迫されているので、もっと削れるお金があるはずなのに、食費のようなわかりやすく節約している感を得られる経費を削ろうとする。
だから、当時のわたしにとっては帰り道で衝動的に飲む発泡酒は必要経費で、お昼ごはんは節約対象だった。
食べたいごはんが食べられない体験は、想像以上に精神にダメージを与える。毎日同じ料理を食べても平気という人がいるが、それはたくさんのごはんの中から好きなものを選んでいるからだ。それしか選べないなら、ただ働くための肥料として炭水化物などを体内に取り込んでいるだけ。食事というより自分への餌やりだ。
そんな餌やりから食事に戻してくれたのが、ごましおだった。ただ食べきれないご飯をなんとか食べるための方法の一つだったが、少しでも美味しく食べようという意識があるだけ人間らしい生活ができていると思えていた。
ごましお一つで生活が守られるほど、わたしの日々はぐらついていた。
結局、一年ほどでその会社は辞めた。普通に辞められた。この会社でしか自分は生きていけないと思っていたこともあったが、まったくそんなことはなく転職先は決まり、一カ月の無職期間を経て再度会社に就職した。二つ目の会社では人間らしい生活ができる給料が支払われ、有給休暇で休みたいときに休めるようになった。好きなバンドのライブにも行けるようになったし、食べたいものを食べたいときに食べられるようになった。
調味料棚の奥のほうにあったごましおを見つけて久しぶりに使おうとしたら、とっくに期限が切れていた。期限が切れていることに気が付かないくらいに、ごましおに頼ることはなくなっていた。今、わたしは何に頼らなくても食事ができている。
