こちらのアイテムは2026/5/4(月)開催・文学フリマ東京42にて入手できます。
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箱庭

  • 南1-2ホール | T-03 (小説|純文学)
  • はこにわ
  • 萌 令児
  • 書籍|文庫判(A6)
  • 56ページ
  • 500円
  • https://note.com/kyomu_jaian
  • 2026/5/4(月)発行
  • 新刊《箱庭》


    《愛》がテーマの短編集


    ⚫︎SNS炎上をきっかけに脱退した男性アイドルの真相に迫る静かで切ない青春群像劇。

    ⚫︎摘発されて潰れたガールズバーで出会った2人の少女。濃密な友情と、自他の境界が曖昧な若者の共依存の話。

    …などなど。何でもない日常。でもキラキラで、触れたら壊れそう。そんな短編6篇を収録。


    友愛、純愛、家族愛、自己愛…少しズレているけれど愛の話。

    2025年 第6回文芸思潮新人賞入選作、ウェブ再録を含む新刊です。

    ⚫︎ライト文芸〜純文学
    ⚫︎A6/56p//¥500


    ⬇︎試し読み⬇︎
    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

    【城の中で】


    妖精ちゃんが死んだ。

    私たちは切れた唇を舐めて潤わす悪循環のような、一時的な延命でドーナツの穴を埋めていた。

    摘発されて潰れたガールズバーで出会った私たちは、その近くにある名前も知らない、遊具も何もない公園でよくたむろしていた。

    歌舞伎町の量販店で買った足の形が透けるくらいに薄い布切れのセーラー服に袖を通し、お互いのスカーフを巻きあった。妖精ちゃんの長いまつ毛が私にぶつかりそうになったとき、初めて彼女の本当の名前が知りたいと思った。(つづく)


    【箱庭】

    俺たちはそういう“設定”だった。

    だから、大空マサキの未成年喫煙が小さなゴシップとしてネットの中で炎上したときも、「俺は生涯アイドル畑に根を張るダイチで〜す」なんて言って、素知らぬフリをして、俺はライブのMCでちょけていた。

    真っ暗闇から始まるデュエット曲。これが俺たちの1番の人気曲だった。マサキは、ライブ前にいつも小さく唇を噛む。ざわめく暗闇の中でも俺たちは呼吸を合わせた。目の端に非常灯だけが緑色に光る。音楽が鳴り、目の前がぱっと白くなって、舞った埃がキラキラと俺たちを包み込む。俺たちがハモると、歌声を掻き消すように歓声が轟き、箱が揺れた。

    ライブ終わりの握手会でも「今日のデュエットの、ハモリがね、最高だったよ。…..あのね、えっと、なんだっけ……」少女はそう悩んでいる間も俺の目を離さない。次にハッとした表情を浮かべると、「衣装も新しくなったんだね。ダイチくんがね、キラキラしていると思ったらね、ダイチくんの汗だったの。今日もありがとうね」タイマーが鳴って、最後にインスタントカメラで写真を撮る。カメラのシャッターが鳴り終わると、握り合った手を解く。少女は、今しがた受け取った写真をぱたぱたと振りながら「今度使ってるファンデ教えてね」と、声が遠のいていく。ドラッグストアで適当に買った安いファンデのパッケージを頭の中に浮かべながら、俺は次の女性へ笑みを向ける。

    タバコを吸ってたのはマサキの兄だったけれど、たぶんそれに気が付いたのは俺だけだった。俺とマサキは背格好が似ていて、歳も同じ。どこにでもいる、しがない地下アイドル。“大空と大地”はふたりでひとつ。俺たちはライブ終わりのシャワー室でも興奮した体を洗い流しながら、今日のライブの感想を語り合っていた。(つづく)


    【冬花火】

    滑舌の悪い優ちゃんは、サ行がちょっと苦手。

    「冬の花火を見せてあげるね」
    ベッドの上にくねくねと座る優ちゃんは、相変わらず舌っ足らずのサ行で僕に微笑む。赤縁の眼鏡を外してから、それを丁寧に折り畳んでいた。彼女はしばらく眼鏡を手に持ちながら俯いていて、表情は分からなかった。そのあとに一生懸命に身体を伸ばして近くのテーブルに眼鏡を置いてから、結局立ち上がって部屋の電気を消した。

    僕の目が暗闇を受け入れると、ぼんやりと優ちゃんの輪郭が浮かび上がる。赤い眼鏡をしていない優ちゃんは新鮮で、長い黒髪と切り揃えられた前髪だけが優ちゃんを、優ちゃんの形として保っていた。それなのに彼女の目は最初から暗闇でも関係なく見えていたかのように、僕の目をしっかりと見つめていた。そうして僕と彼女はしばらく見つめ合う。

    真っ白なセーターからは優ちゃんの柔らかな肌がゆっくりと、僕だけに披露される。子供の頃に線香花火がビーチサンダルの上にポタリと落ちてきて、こわくて、サンダルが溶けて、それが母親に言えなくて、誤魔化して、次の夏には履けなくなったビーチサンダルのことなんて忘れていた。今この瞬間に何故だかそんなことを思い出す。祖父母の家の近くの花火大会は、人が多くて煩くて、常に耳を抑えて歩いていた。目を開ければ目の前に優ちゃんがいるのに、僕はぎゅっと瞑った目を開くことができない。花火が怖かった。

    優ちゃんが「ねえ」と呟いたあと、僕の名前を呼ぶ。そうしたら僕はもう優ちゃんを見るしかなくなった。

    薄暗い部屋にパチパチと花火が打ち上げられる。
    確かに優ちゃんの体から花火が打ち上がった。セーターと優ちゃんが擦れ合って、優ちゃんの痛みと引き換えに、そこには冬の花火が咲いていた。

    彼女の放り投げたセーターとシーツは真っ白なひと塊になった。彼女の電気を帯びた髪の毛はふわふわに広がる。

    優ちゃんの首元の星座のように連なった黒子に導かれるように手を伸ばす。また“パチ”っと花火が打ち上げられた。

    「私たちって、やっぱり相性最悪」
    そう笑いながら優ちゃんは僕に飛び乗ってくる。
    その頃の僕たちは出会ったばかりで、何も知らなくて、世界にはふたりだけだった。

    いまでも小さな痛みに出会うたび、僕はあの冬を思い出す。小さな部屋の電気を消してから化粧水なんかが倒れるのもお構いなしに手探りでドライヤーのコンセントを刺す。パチパチと人工的な火花が散る。この花火を見るたびに、滑舌の悪いさようならを、過ぎ去ったあの冬を思い出す。(おわり)


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