杉田庄一は20歳で戦死した日本海軍最強のパイロットです。スミソニアン航空博物館に、世界のエースパイロット10人の1人として展示されています。本人が戦死し手紙や日記なども残していないため、杉田についてまとめられた本はこれまでありませんでした。「杉田庄一の太平洋戦争」は、杉田の生涯を明らかにした唯一の本です。
【目次】
第一部 小蒲生田
第二部 開戦
第三部 ミッドウェイ海戦
第四部 ガダルカナル島攻防戦
第五部 山本長官護衛
第六部 ラバウルは搭乗員の墓場
第七部 内地で療養
第八部 マリアナ沖海戦
第九部 比島沖海戦
第十部 三四三空
第十一部 終焉
杉田庄一は新潟県東頸城郡安塚(現上越市浦川原)で生まれ、15歳で海軍に入隊します。予科練を経て戦闘機搭乗員になり、山本五十六連合艦隊司令長官の護衛機に選ばれましたが、護衛に失敗します。以後は死地を求めるような戦いを繰り広げ、ラバウル航空戦、マリアナ沖航空戦、比島沖航空戦、神風特攻隊直掩、そして沖縄戦まで杉田は常に最前線の空を飛び続けます。戦争末期には、第三四三海軍航空隊員に選ばれ、本土防空の任にあたります。昭和20年4月15日、鹿児島県鹿屋基地にて出撃直後に被弾戦死します。20歳でした。公式撃墜数は個人撃墜70機 協同撃墜40機で「空戦の神様」と呼ばれました。
本書は、その生涯を生誕から戦後の顛末までを描いています。発行は2024年、新潟日報メディアネット社