アメリカの興行師P.T.バーナムの本邦初の本格評伝。
自称”ペテンの王子様” ウソをビジネスに変えた男。
ドッキリ番組・フェイクニュースの源流を探る。
◆内容
Amazonで販売している『バーナムのショービジネス 虚言と娯楽の饗宴(上)』から「ジョイス・へス」の章を読み切りで冊子にしました。
ある日、バーナムはワシントン大統領の元乳母で161歳の黒人老女の見世物興行の相談を受けます。金策して興行権を手に入れたバーナムは新聞広告を巧みに利用して、興行を成功させます。さらには老女が亡くなった際には本当に161歳だったの検証すると称して公開解剖まで開催するのでした。この興行成功をきっかけにバーナムは興行師の世界に入っていきます。
◆試し読み
Noteでは映画「グレイレストショーマン」とのバーナム
の比較を連載しており、また本篇が試し読みもできます。
https://note.com/jolly_jacana651/n/n43eb2868f650
◆バーナムの生涯
十九世紀のアメリカにP.T.バーナムという男がいた。今日では〈ザ・グレイテスト・ショーマン(世界最大の興行師)』の異名で知られている。コネチカット州の田舎に生まれ、小売店を手伝う中で大人たちのほら話に鍛えられた。ニューヨークに出てペテンビジネスに騙されながら、興行の世界に入っていった。まだ現在のような娯楽産業が成立していなかったこの時期、バーナムはフェイクニュースに近いネタを元にして巧妙な宣伝を仕掛け娯楽イベントを演出して評判を得ていった。
バーナムの興行に共通する手口は、最初に新聞の記事や権威のコメントによって見世物(公演)の対象が大変価値があって必見だとの情報をばらまく。ネタがばれてしまいそうになると、それを擁護する噂を流す一方で、インチキだとの情報を自ら流布して、市民にことの真偽を見届けたいと思わせるような操作を繰り返す。最後にはバーナム本人も騙されたのだと言い訳する始末だった。南北戦争の時期、不幸なことに博物館は何度かの火事にみまわれて終焉を余儀なくされる。興行師として成功したバーナムはさまざまなビジネスに手を出した結果、自らは自己破産するような失敗にもあっている。再起後のバーナムはパートナーを組んで、サーカス巡業に動物や芸人などのサイドショーを加えた新しい興行形態とそのスケールでサーカスの再編を繰り返し、全米ののナンバーワンのサーカス団バーナム&ベイリーを設立するに至った。