『契りなき星 第一巻』
声は、最初から存在しなかった。
朝の来ない地下牢。その暗部でひとつの命が生まれる。産声は闇に吸われ、叫びは意味を持たず、生と死の境界さえも均質な沈黙へと溶けていく世界。光なき空間で支配するのは、温度、湿り、質量、そして呼吸だけだった。
誰にも名を与えられぬまま育つ幼子は、泣くことを覚えない。感情ではなく条件で世界を読み、音ではなく重さで変化を測る。優しさも秩序も存在しない極限の環境で、ただ生き延びるためだけに身体の規則を獲得していく。
やがて訪れる崩壊。
閉ざされた闇を切り裂く「乾き」。皮膚を刺す「光」。地下の法則しか知らぬ子供にとって、地上とは救済ではなく、暴力的な異界だった。焼け落ちた世界、満ちる煙、荒れ狂う熱と圧。そのすべてが呼吸を脅かす中、幼子は二本の刃を手にする。
それは武器ではない。
生存のための錘。重心を繋ぎ止める秤。距離を測り、条件を切り替え、世界との折り合いをつけるための道具。
この物語に英雄はいない。奇跡もまた存在しない。あるのは、徹底して削ぎ落とされた現実と、生きるという現象そのものだ。感情より先に物理が支配し、善悪より先に環境が選別する。読者はやがて気づくことになる。
なぜこの子は泣かないのか。
なぜこの世界は、これほどまでに静かなのか。
第一巻は、神話の始まりではない。
これは「存在」が世界へ侵入するまでの記録であり、沈黙という絶対的な深淵から立ち上がる、ひとつの異質な生命の観測譚である。
静寂、圧、呼吸。
そのすべてが、やがて星の運命へと繋がっていく。