【概要】
なぜ、高野文子のマンガはこれほどまでに私たちの心を捉えて離さないのか。
寡作の天才・高野文子の短編集『棒がいっぽん』所収の「奥村さんのお茄子」と「美しき町」を中心に、その構造的な天才性を解き明かすマンガ評論エッセイ。
【読みどころ】
人生はマンガの「コマ」である。私たちが日常を認識し、記憶する仕組みは、マンガのコマ割りそのものではないか。ヒトの視覚が持つ「情報の欠落」や「コマ切れの認識」から、高野作品の圧倒的な「没入感」と、かつて見た光景に再会するような「既視感」の正体を分析する。
ヴァルター・ベンヤミンの「パサージュ論」を補助線に、一見荒唐無稽なSF的設定の裏にある、人々の記憶が交差する「アウラ的関係」を読み解く。個人の記憶を超えて連関する「集合記憶」が、作品世界をどう構築しているかを探る。
読者の視線を誘導し、没入を深める縦長のコマ。あえて視界を遮るように置かれた「障害物」のフレーミング。映画やアニメーションとは異なる、マンガ独自の表現技法を詳しく解説する。
何気ない生活の細部に宿る「幸福」と、いつか失われてしまう「儚さ」。無為な時間の愛おしさと、過ぎ去った瞬間の切なさを、高野文子がどう描いたのかを考える。
読後、見慣れた風景が、高野文子の描く愛おしい一コマのように見えてくる。
【構成】
第一章:『奥村さんのお茄子』を読む
第二章:『美しき町』を読む
【こんな方に】
高野文子のマンガが好きな方、マンガのコマ割りや表現技法に関心がある方、ベンヤミンの「パサージュ論」をマンガから読んでみたい方に。
【仕様】
A5判・縦組み・36ページ/頒布価格900円
【試し読み】
草稿はnoteで試し読みできます。
http://note.com/jolly_jacana651/m/m5ac15315ccb2