産まれたての日々 家族の自死から10年、私が文章を書くようになるまでの日記
- 南3-4ホール | つ-54 (ノンフィクション|エッセイ・随筆・体験記)
- うまれたてのひび かぞくのじしからじゅうねん、わたしがぶんしょうをかくようになるまでのにっき
- 壁 園佳
- 書籍|文庫判(A6)
- 298ページ
- 1,500円
- https://note.com/kabe_059274/…
- 2025/11/23(日)発行
「生きたい」と思いながら、生きてみたい。
2015年、父の彼女が死んだ。
その5年後、父はうつ病を発症し入院した。
介護に奔走しながら「自分とは何か」「生きたいとおもいながら生きるには」を考え続けた日々の記録。
混沌した日々と、リカバリー。20歳から30歳までの10年間日記エッセイです。
生きるとは何か? 産まれた理由は何なのか?「自分が好き」とはどういう気持ち?
両親がいて、悪い点数をとっても頑張ったねと褒めてくれ、通信簿で5ではない数字があっても馬鹿にされない、他人に私の失敗を話さず、出来損ないだと言われない、会話をしてくれて、汚いと言われない、抱きしめて愛してると言ってくれる、そんな場所で生きていたら「生きていて良かった」と思えるのだろうか?そんな人が存在するなら、私は他人の人生を生きてみたい。自分の人生を手放したい。もうこの世から消えてしまいたい。
相続問題、借金、愛着問題、性への嫌悪感、罪悪感、怒り、上手く行かない夫との関係、
本の内容にハッとした方、似た経験をした方にとぜひ読んでほしいです。
私は自殺遺族で、虐待児だったという気づき。
それらに向き合い続け、今の自分にたどり着くまでの混沌とリカバリー10年の日記です。
私という人間、私の家族、この社会が産みだした人間たちを証明したい、
そんな気持ちを込めて執筆しました。一人の人間の人生10年間、他人の頭の中を知りたい人にとっても、とても面白い作品になっています。
日記エッセイだけではなく、ルポ・ノンフィクション、長編小説、精神・心理学、親子、ケア等に興味のある方にもぜひよんでもらいたいです。
〈こんな作品が好きな方におすすめです〉
臨床心理士・東畑開人、精神科医・高橋和巳、西村佳哲、町田康、植村一子、土門蘭、小指、『母という呪縛、娘という牢獄』など。(敬称略)
〈試し読み〉
いつの間にか私は彼を理解した気になっていた。父は私だ、同じ孤独を抱えている。しかしそれでも、親子なのだから彼は私を愛しているはずだ。私が必要だ。伝えるのが苦手なだけだ。愛に執着しているのだ。
これらは、私が見ていた夢だったのだ。必要として、愛して、諦められなかったのは私だけだ。父がどう思っているかは分かりようがない。もう一生、父に抱きしめられることも「愛している」と言われることもないだろう。それを要求してはいけない。愛するも愛さないも父の自由なのだから。産まれてみなければ、愛せるかどうかなんて分からない。子を愛せなくとも仕方がない。こんな結果になってしまったことは、もうどうにもならないのだ。〈目次〉
- 始まりの自殺、隣の暴力
- まるで父を煮詰めたような
- 自殺してほしくない
- 私は傷ついてもいい
- 価値のない人間
- 異臭がする部屋
- 世界から平穏に取り込まれる
- 自分の気持ちが分からない
- ゲームの中にいるような
- 呪いの家
- 消えるべきだ
- 「生きたい」とは何か
- 想像上の完璧な親
- 「自分」を生きている感覚
- 誰からも見られない場所
- 寄り添いの搾取
- 宝物は?
- 矛盾する愛
- 統計
- 変わるのも選ぶのも怖い
- 憎んでもいい
- 性への嫌悪感
- 他者を指標にすること
- 日記祭へ行く
- 心が通じない関わり
- 四年ぶりの会話
- 自死遺族
- 健やかに願う
- 破壊
- 被害者であり、加害者
- 「生きたい」と思いながら、生きてみたい
- 創作は対話
- 想像もしていなかった日々
- 違う世界線の自分
- 産まれたての日々
