Ein Wisschen
- 南3-4ホール | す-89〜90 (ノンフィクション|エッセイ・随筆・体験記)
- あいん・ヴぃすひぇん
- 虚ゼミ
- 書籍|A5
- 40ページ
- 300円
- https://x.com/kyozemi_phil/st…
- 2025/11/23(日)発行
- 今こそ、ウィトゲンシュタインを読もう。
特集では、ウィトゲンシュタインの『論理哲学論考』の読解に奮闘した議論の軌跡を掲載しています。言語の限界を知ることによって、思考の限界を定めようとしたウィトゲンシュタイン。その背中はあまりにも遠く、野矢茂樹先生のご著書を参考にしながら、いくらか近づこうと議論を重ねました。私たちの理解が及ばない点が多くあるため、あわよくば皆様のご意見を伺えましたら幸いです。
エッセイは3本立てです。実利が正義の現代において、なにかと無用な虚学だと揶揄されがちな哲学。ひややかな世論と熱いフィロソフィアの板挟みになりながら、あえて今哲学を志向する学生は、これを学ぶことをどう捉えるのか(「哲学を学ぶとはどのようなことか」執筆:K)。本当に着たい成人用の服も、仕方なく選んだ子ども用の服も、私の肢体のどこかを快適さから取りこぼす。着たい服が身体に合わないという悩みを起点にし、捨てたくても捨てられない小さな身体を省察するオートエスノグラフィ(「『この星は、私の星じゃない』のか」執筆:O)。脳裏に去来する考えは、一度言葉にして外に出してしまうと、なすすべもなく酸化していく。明晰な思考の輝きを遠望し、手元の知識の少なさに絶望し、思索の旅を続けていると、いつのまにか広々とした哲学の砂漠へと迷い込んでいた。考えることと語ることに悶々とする学生の現在位置(「語りえず、示されるしかないわけでもないもの」執筆:N)。
<目次>
特集=野矢茂樹 『ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』を読む』を読もう!
エッセイ
哲学を学ぶとはどのようなことか(K)
「この星は、私の星じゃない」のか(O)
語りえず、示されるしかないわけでもないもの(N)
<虚ゼミとは>
哲学を主専攻とする大学生3名による哲学自主ゼミ。読書会を中心に、日々緩く議論を重ねています。
ここでは「虚」という言葉に重要な意味を持たせておらず、本物ゼミを知らない私たちが想像で作ろうとしたイマジナリーなゼミである、といった程度のニュアンスを込めています(本誌「はじめに」より)。
