日本であの戦争を語るとき、視線はしばしば国内での被害や、アジアでの加害の歴史に向けられる。一方で、同時代に相互に連関しながら進行したヨーロッパでの戦争と、その後の歩みを学ぶことは、先祖から私たちへと連なる歴史を相対化して捉える手がかりになるのではないか。そう考えて、2025年2月、私はポーランドを訪ねた。
加害国と被害国。そして、すぐそばで今も続く新たな戦争。美しいヨーロッパの街並みの中で、少しだけ真面目に、もちろん観光も楽しみつつ、書を捨てて、街へ出た。
写真/文・Zohang Yuriy
キューバ。
久しぶりの休み、それも三週間を手にした瞬間熱が出て、どうしても”ここ“から遠いどこかに行きたくて、アラスカとかコロンビアとか遠くて手頃な場所を天秤にかけた結果、気がついたらキューバ行きのチケットを取っていた。
スペイン語を話すらしいこと、アメリカの制裁を受けて、ものがないらしいこと、物価が暴騰していること…一方であまりにも情報は少なくて、それが不安でもあったけれど、話のネタになればいいやとか、一生でキューバに行く機会はそうそうないかなとか、そんな単純な理由で、自分の気持ちを説得していた。
結論からいえば、キューバでの時間は、想像以上だった。何が起こるかわからない次の一瞬に向けて、ワクワクしていたし、毎晩、明日が楽しみだった。心から、行ってよかったと思えている。