私たちは運ぶ/運ばれる存在なのかもしれない、と時々思う。私たちは、電車に旅客として輸送されるし、目的地に足を運ぶし、ものを書くときには言葉と筆を運ぶ。これらに限らず、大抵のことは、運ぶか運ばれるかなのかもしれない。
そういうとき、この世に存在するありとあらゆるものは、運搬の主体になりうるし、対象になりうるし、そして、その経路、道にもなりうる。
人間で言えば、例えばものを書くとき、と書いたが、そのとき私は言葉を運ぶと同時に、その言葉の通る道でもある。または、噂話は人間を伝って広まっていくし(ウイルスもそうだ)、食という営みも私たちの身体が物理的に道になる。
そうして私たちは道になったりならなかったりしながら、自らとは異なるものとさえつながって、複数の巨大なネットワークを作り出している。
今回のテーマ「道」は、例えば日本語でも英語でも、「道」のような言葉には様々な意味が付加されているように、この言葉が持つその多義性と、そして誰彼構わずつなげてしまう力とを、という解釈を基に、実際の道や、信念や、象徴や、手法としての道に自らの表現を重ねて創作してもらう、という思いを込めて設定した。
枠組みは小説、旅行記、評論など多様で、それぞれのジャンルも多岐に渡っていると思う。
そうした複数性と響き合う、『銀世界』という同人誌の「広大で、純粋で、自由な冷たさ」を楽しんでいただけたら幸いです。(前書きより)