【新刊紹介】ZINE『はんちか Vol.1 音楽 “良”法』
11/23の文学フリマ東京で頒布する書籍の紹介です。
PLSが発行するカルチャーZINE、第一号は音楽をテーマに、寄稿者小林瑞生とともに送る、ハードな論考から友人二人の会話まで、グラフィカルなフルカラー32P。
滝による論考「カネコアヤノ論(孝) ひとりでに/音楽にとって歌詞とはなにか」(一万字)を収録。
✅目次
P02 「I don’t want to discuss it/音声なしPodcastという試み」(会話)
P08 「ジャンル論 Vol.1」(エッセイ)
P09 「カネコアヤノ論(孝) ひとりでに/音楽にとって歌詞とはなにか」(論考)
P27 「犬は吠えるが往復書簡は続く」(往復書簡)
✅各作品について
☕️「I don’t want to discuss it/音声なしPodcastという試み」(会話)
音楽好き二人による会話の記録。好きな音楽の話から音楽との接し方、果ては生き方の問題にまで及ぶ、《飛躍はあるが脈絡はない》散文的会話。
🎨小林瑞生「ジャンル論 Vol.1」(エッセイ)
ロックとヒップホップから、音楽のジャンル性について思考する。
ポップ・ミュージックは蔑称なのか?
🐈⬛滝鷹介「カネコアヤノ論(孝) ひとりでに/音楽にとって歌詞とはなにか」(論考)
いぬのせなか座の山本浩貴氏の表現における手前側の〈私〉の議論を前提に、カネコアヤノの歌詞をフッテージとして、言語表現としての(あるいはそれを言語表現の側から見たときの)音楽における歌詞について考える。
詩と歌詞はどうちがうのか?どう同じなのか?
(以下、本文より一部引用)
聴き手である(歌詞というテクストの)手前側の〈私〉は、時制や空間、視点の移行・逆行・削除を、歌詞が歌われることによって時間の経過とともにそれを経験・知覚する、その場で起こっているのはテクストの奥や表面における視点や〈私〉の変容の外部からの知覚ではなく、そのテクストの表現を可能にしたフィクショナルな〈私〉と、テクストの手前側の〈私〉との交錯ないし同一であり、それを通じて〈私〉に可塑性が与えられる。
✉️「犬は吠えるが往復書簡は続く」(往復書簡)
滝と小林の間で交わされたおよそ2ヶ月間の往復書簡(メール)の記録。
横浜⇔利尻間の100,000kmを隔てた生活の交差。
毎回、一曲を送り合い、生活と音楽、〈あなた〉と〈私〉がパラレルのようでそれぞれが干渉しあう。
送り合った楽曲は記事と連動したプレイリストして掲載。
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