こちらのアイテムは2025/11/23(日)開催・文学フリマ東京41にて入手できます。
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はんちか Vol.1 音楽 “良"法

  • 南1-2ホール | G-79〜80 (評論・研究|出版)
  • はんちか ぼりゅーむわん おんがくりょうほう
  • POLY LIFE STUDIO
  • 書籍|B5
  • 32ページ
  • 1,500円
  • 2025/11/23(日)発行
  • 【新刊紹介】ZINE『はんちか Vol.1 音楽 “良”法』

    11/23の文学フリマ東京で頒布する書籍の紹介です。

    PLSが発行するカルチャーZINE、第一号は音楽をテーマに、寄稿者小林瑞生とともに送る、ハードな論考から友人二人の会話まで、グラフィカルなフルカラー32P。

    滝による論考「カネコアヤノ論(孝) ひとりでに/音楽にとって歌詞とはなにか」(一万字)を収録。


    ✅目次

    P02 「I don’t want to discuss it/音声なしPodcastという試み」(会話)

    P08 「ジャンル論 Vol.1」(エッセイ)

    P09 「カネコアヤノ論(孝) ひとりでに/音楽にとって歌詞とはなにか」(論考)

    P27 「犬は吠えるが往復書簡は続く」(往復書簡)


    ✅各作品について

    ☕️「I don’t want to discuss it/音声なしPodcastという試み」(会話)

    音楽好き二人による会話の記録。好きな音楽の話から音楽との接し方、果ては生き方の問題にまで及ぶ、《飛躍はあるが脈絡はない》散文的会話。


    🎨小林瑞生「ジャンル論 Vol.1」(エッセイ)

    ロックとヒップホップから、音楽のジャンル性について思考する。

    ポップ・ミュージックは蔑称なのか?


    🐈‍⬛滝鷹介「カネコアヤノ論(孝) ひとりでに/音楽にとって歌詞とはなにか」(論考)

    いぬのせなか座の山本浩貴氏の表現における手前側の〈私〉の議論を前提に、カネコアヤノの歌詞をフッテージとして、言語表現としての(あるいはそれを言語表現の側から見たときの)音楽における歌詞について考える。

    詩と歌詞はどうちがうのか?どう同じなのか?


    (以下、本文より一部引用)

     聴き手である(歌詞というテクストの)手前側の〈私〉は、時制や空間、視点の移行・逆行・削除を、歌詞が歌われることによって時間の経過とともにそれを経験・知覚する、その場で起こっているのはテクストの奥や表面における視点や〈私〉の変容の外部からの知覚ではなく、そのテクストの表現を可能にしたフィクショナルな〈私〉と、テクストの手前側の〈私〉との交錯ないし同一であり、それを通じて〈私〉に可塑性が与えられる。


    ✉️「犬は吠えるが往復書簡は続く」(往復書簡)

    滝と小林の間で交わされたおよそ2ヶ月間の往復書簡(メール)の記録。

    横浜⇔利尻間の100,000kmを隔てた生活の交差。

    毎回、一曲を送り合い、生活と音楽、〈あなた〉と〈私〉がパラレルのようでそれぞれが干渉しあう。

    送り合った楽曲は記事と連動したプレイリストして掲載。

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